第6話 不死者の住まう城下町 その2
門を開け放った七人は歩いて城下町に足を踏み入れる。
門を抜けると真っ直ぐ城に続く大通りがあり、それを囲むように、多数の路地がまるで蜘蛛の巣のように張り巡らされていた。
道の両脇には二階から三階建ての建物が立ち並ぶ。
「なんかとても冷たくて嫌な雰囲気ね」
クラヌスが身体をブルリと震わせてそんな事を呟く。
「そりゃ、そんな腹出してりゃ冷えるだろう」
ソンツェルはすかさずツッコミを入れる。
「そういう事じゃないわよ! 人の気配がしなくて寂しいって事を言いたいの!」
「悪かった怒るなよ。確かに人の気配は全然しないな」
「取り敢えず家を調べてみよう」
「待ってプロスヴァー。何か嫌な予感がするの。すぐ逃げれるように準備をしておくべきじゃない?」
クラヌスに言われてプロスヴァーは一瞬考えてからヴェシマを呼ぶ。
「何でしょう。プロスヴァーさん」
「ヴェシマ。ここに転送石の印をつけておいてくれ。何かあったらすぐ転送できるようにな」
「分かりました」
ヴェシマが印をつけ終わるのを待ってから、七人は近くの家を調べる。
外はとても頑丈そうな石造りの家で、鎧戸や扉は木製だった。
「ふむ。この町の家はかなり精密に作られております。我々ドワーフでもこれほどの物を作るのは難しいでしょう」
ダブローノスはまじまじと家の壁を調べながらそう口を開く。
「一体何百年前の物なのか。今の人間にはこんな物は作れませんな」
「中に入って調べてみよう」
プロスヴァーは扉を開けようと取っ手に手を掛けて開けようとするが、
「むっ? 開かないな」
扉は施錠されているようで、押しても引いてもびくともしない。
「こっちも開きません」
「この家も開かないわ」
ヴェシマやクラヌスが同じく調べようとするがやはり扉は開かない。
「皆。他の家の扉が開くかどうか調べてくれ」
手分けして扉を調べるが、全ての扉は施錠されていて中を調べることができない。
「あ、あれ見てください!」
ヴラークが指差した先を見ると、他の家と違い、まるで誰かが覗くかのように、そこだけ扉が少し開いていた。
「誰かいるのか?」
その一言が聞こえたのか突然扉が大きな音を立てて締められてしまう。
「あーくそ! 待て、誰かいるのか? おい開けろ!」
ソンツェルは閉まった扉の前に立ち、ドアを何度か叩くが、開く事はなかった。
「ソンツェルの所為で、手掛かりが消えちゃったじゃない」
「じゃあ、やってみろよ。お姫様」
「しょうがないわね。ほらどきなさいよ」
ソンツェルをどかしたクラヌスは扉の前に立つと扉をノックして、
「すいません。どなたかいらっしゃいませんか?」
精一杯おしとやかに尋ねる。
しかし帰ってきたのは耳が痛くなるほどの沈黙だった。
「……何よ。何よ何よ何よ何よ何よー!」
静かな城下町にクラヌスの叫びがこだまする。
ソンツェルは笑いを堪えるのに必死だった。
「二人ともふざけるな。もう少し奥へ行ってみよう。入れる家があるかもしれないからな」
プロスヴァーに窘められた二人は渋々といった表情で、五人の後をついていくのだった。
城下町の半ばまで来たプロスヴァー達は開いている扉がないか調べるが、全て固く閉ざされていて開いているものは一つもなかった。
「ん? また……」
「どうしたのヴェシマ?」
ヴェシマが声を出してある一点を見つめる。
「あ、いえ。クラヌスは視線を感じませんでしたか?」
「? いいえ私は何も感じないわ」
「そうですか……気のせいだったんですかね」
ヴェシマがその場を歩き去った後、家の二階の鎧戸が微かに開いて、じっと彼らを見つめる目があった。
「ここも閉まってるな」
「駄目だ。入れる家はないようだ」
「…………」
家の中を調べる事が出来ず手をこまねいている時、チャリーノスが無言で大盾を構える。
その直後彼らに近づいてくる足音が聞こえてきた。
七人は、素早く各々の獲物を構える。
近づいてくるのは複数の足音のようだった。
プロスヴァー達が見つめる薄暗い路地の先から現れたのは揃いの鎧を着た衛兵達。
「貴様たちか。通報のあった不審者は! 一体何者だ!」
隊長と思しき兵が指を指して問い詰めてきた。
「私達は怪しいものではありません」
プロスヴァーは皆を手で制して、自分たちの事を話す。
「このダンジョンである物を探しているのです」
「ダンジョン? 何だそれは。貴様たちは唯の侵入者だ。抵抗するな!」
隊長が部下に指示を出すと、兵達が槍の穂先を突き付けて七人を取り囲む。
「おい。待ってくれ。俺たちは敵じゃない」
プロスヴァー達は、接近戦の苦手なヴェシマとヴラークを守るように展開する。
「ボウズ。いつでも魔道具を使えるようにしとけ」
「は、はい」
ソンツェルは小声でヴェシマに指示を出す。
「黙れ。貴様達を牢に連行する。そこで本当の目的を話してもらう」
「待て! 俺たちは本当に敵対する気はないんだ。不死の王冠というものを探しにここに来たんだ。何か知らないだろうか?」
それを聞いて、槍を構えて近づいてくる兵達の動きがピタリと止まる。
「今何と言った? 不死の王冠と言ったのか?」
「そうだ! 我々が求めているのは不死の王冠という物だ。何か知ってるのか?」
それを聞いて、激情に駆られた隊長は一言指示を出した。
「こいつらを殺せ! 我らの王の秘宝を狙う侵入者どもを殺せ!」
命令を受けた兵達が、躊躇うことなく一斉に槍を突き出す。
それを、クラヌスの斧とソンツェルのブロードソード、ダブローノスのハルバードとチャリーノスの大楯、そしてプロスヴァーのヴォルヴィエが防いだ。
「こ、こいつらは……」
「な、何? 人間じゃないの?」
プロスヴァーは驚愕し、クラヌスが疑問を口にする。
薄暗く距離がある時はよく見えなかったが、ボロボロの鎧の下は痩せ細り、灰色に変色していた身体が覗いていた。
「こいつらアンデッドだ!」
クラヌスの疑問にソンツェルが槍を防ぎながら答える。
「俺たちがアンデッドだと?」
衛兵達の隊長がソンツェルの言葉に反論する。
「我々がアンデッドに見えるとは貴様らの方が呪われているようだな」
「ふざけるな。自分の姿を見てみろ!」
「彼らは自分達が死んでいる事に気づいてない? それにしてもアンデッドになっても意思を持っているなんて……」
ヴェシマが魔法学院にいた時は、意思を持ったアンデッドの事は聞いた事もなかった。
「早く殺せ!」
隊長の言葉に、突きを防がれた衛兵達は、槍を引いて再び突いてくる。
「せいっ!」
クラヌスは柄を持った両手の間で槍を弾くと、そのまま接近して斧で頭をかち割る。
「遅い!」
ソンツェルは突いてきた槍を軽く避けると、左手の斧を落とし、槍の柄を握って引っ張る。
バランスを崩して、前につんのめる衛兵の眉間にブロードソードを突き刺す。
「ふんっ!」
ダブローノスは敵の突きをハルバードの穂先で絡め取り、地面に縫い付ける。
そして隙だらけになった衛兵の首に先端のスパイクで突く。
「…………」
チャリーノスは無言で槍の攻撃を防ぐ。
彼の持つ大盾は亀の甲羅のように丸みを帯びている。
そのおかげで、相手の攻撃を滑らせることができるのだ。
何度か槍の突きを受けて、相手のタイミングを掴んだチャリーノスは、大盾を振り下ろして、槍をへし折る。
そのまま大盾で相手を仰向けに倒し、盾でチェインメイルごと、胸部を叩き潰す。
プロスヴァーは槍の突きをヴォルヴィエで弾かず、避けに徹していた。
彼が読んだ本には、刀は刃が欠けてしまうと剣と違って殺傷能力が著しく落ちてしまう。
だからプロスヴァーはヴォルヴィエで受けず、避け続けていた。
衛兵の突きを避けて手元に戻すと同時にプロスヴァーも動いて相手の距離を詰める。
その勢いを殺さずにそのまま鋭い突きを繰り出した。
胸から背中まで貫かれた衛兵から刃を引き抜き、そのまま後方にいた隊長に肉薄する。
「この侵入者が!」
隊長がプロスヴァーの左肩目掛けて剣を振り下ろすが、プロスヴァーは左腕で防ぐと、ヴォルヴィエを横に一閃させる。
「なんだ……」
なんだと、と言い切る前に隊長の首が地面に落ちた。
「……みんな。無事か?」
プロスヴァーはヴォルヴィエを鞘に納めながら、みんなの無事を確認して振り向く。
「ええ、大丈夫よ」
「ボク達も大丈夫です」
「ごめん。さすがに近すぎて狙撃できなかった」
「気にするなよヴラーク。誰だって得意不得意があるさ」
何も出来なかった事を謝るヴラークをソンツェルが慰める。
「私も息子も大丈夫です。プロスヴァー様」
「…………!」
ダブローノスが報告した直後、チャリーノスが彼を庇うように前に出る。
チャリーノスが構えた大盾に衛兵の槍が当たって火花を散らした。
「…………」
チャリーノスは大盾で衛兵を吹き飛ばす。
更に二人の衛兵が立ち上がり、襲いかかってきた。
「しまった。こいつらはアンデッドだ! 普通の武器じゃ死なないんだ!」
ソンツェルを含め、突然襲われた事で、対アンデッド対策を忘れていたのだ。
頭が割れた者や、顔を貫かれた衛兵達の攻撃を防ぐ。
六人が防戦一方になっている時、プロスヴァーがヴォルヴィエで三人の衛兵を斬る。
斬られた衛兵たちは倒れて二度と起き上がる事はなかった。
「アンデッドを倒した。プロスヴァーどうやったの? 」
「そうだぜ。光のポーション持ってたのか?」
クラヌスとソンツェルの問いにプロスヴァーはヴォルヴィエを見せながら答える。
「どうやら。この刀の力らしいな。見ろ俺が斬った二人は復活していない」
「すごい。その剣には魔力が閉じ込められているんですね!」
ヴェシマが興奮気味に聞いてくる。
「どうやらそうらしい。おかげで助かったぞ」
プロスヴァーはヴォルヴィエに礼を言う。
「プロスヴァー様。この後は如何なされますか?」
「そうだよ。このまま進んでもまた衛兵たちと戦う羽目になると思いますよ」
「……一度撤退する。このままでは探索もままならん。準備を整えてもう一度戻ってこよう」
「それがいいぜ。奴らの援軍が来たら、今の俺たちじゃどうにもならないからな」
ソンツェルを始めとして、五人の中でプロスヴァーの指示に反対する者はいなかった。
プロスヴァー達は門の方へと元来た道を戻る事にした。
「ヴェシマ。転送石はすぐ使えるようにしておいてくれ」
「はい。あの一つお知らせしたいことが……」
「プロスヴァー。複数の足音が近づいてくる! 奴らの増援だ!」
プロスヴァーとヴェシマの会話を遮り、先頭にいたソンツェルから警告が飛んでくる。
「すまんが話は後だ。みんな走れ! 門の前に急ぐんだ!」
七人は足並みを揃えた早歩きから、小走りになり、だんだんと速度を上げていく。
しかし家の陰で姿は見えないが、確実に足音が彼らを取り囲んでいた。
七人は走る速度を上げるが、そのせいで足並みが揃わず、隊列が崩れてしまう。
「みんな。隊列を維持するんだ」
そんなプロスヴァーの指示も六人には届いていなかった。
ある路地に差し掛かった時、それが襲いかかる。
「きゃあっ!」
横の路地から切りつけられたヴェシマは悲鳴を上げながら間一髪で避けるが倒れてしまう。
「ヴェシマ大丈夫か?」
プロスヴァーはヴォルヴィエで衛兵を斬り捨て、ヴェシマを起こそうとする。
「はい。ボクは大丈夫……痛!」
「ちょっと見せて」
左の足首をおさえて蹲るヴェシマをヴラークが診る。
「酷いか?」
「いえ。捻っただけですね。ただ一人で歩くのは難しいと思います」
「いたぞ! あそこだ逃すな!」
「まずい奴らが来たぞ!」
「分かってるソンツェル。ヴラーク。ヴェシマに肩を貸してやってくれ」
「分かりました。ほら捕まって」
「すいません。足手まといになってしまって……」
そう言うヴェシマの顔は今にも泣き出しそうだった。
「ヴェシマ泣き言は無事に帰ってからだ。みんな行くぞ!」
プロスヴァーが先頭に立ちソンツェルは最後尾のチャリーノスの前につく。
その間をクラヌス、ヴラークとヴェシマ、ダブローノスの順で歩き出す。
「あいつら後ろからも迫ってるぞ!」
「痛……ソンツェルさん。これを使ってください」
痛みに顔をしかめながら、ヴェシマはソンツェルに擲弾を投げる。
それを斧を掴んだままの左手で器用にキャッチするソンツェル。
「それを追っ手に向かって投げて下さい!」
ソンツェルは左手の斧を腰に収めると、左手で擲弾を後ろの追っ手に投げつけた。
怒号を上げながら追ってくる衛兵達に炎の擲弾アゴニルが炸裂する。
魔法の炎は衛兵達を包み込みその朽ちた肉体を魂共々燃やし尽くす。
「よし。ざまあみろ!」
喜ぶソンツェルを尻目にチャリーノスは鋭く炎の背後を睨みつける。
するとアゴニルの範囲外にいた衛兵達が追いかけてくる。
「くそ。まだあんなにいるのか」
ぼやきながらソンツェルはもう一度擲弾を投げて逃げるの
七人は走り続けた。
進路上の衛兵はプロスヴァーがヴォルヴィエで斬り伏せ、背後から迫る追っ手は、殿のチャリーノスが攻撃を防ぎ、ヴェシマの魔擲弾をソンツェルが投げて撃退する。
門の前に着いた頃には、ヴェシマの魔擲弾八個全ては使い切ってしまう。
「……何とか……ここまで来たわね」
クラヌスも含め皆、息も絶え絶えだった。
「まだ気を抜くな。ヴェシマ転送石を。急ぐんだ!」
「は、はい!」
ヴラークに肩を貸してもらいながら、ヴェシマは印の中央に立つ。
他の六人も急いで印の中に入る。
全員が入ったのを確認して、ヴェシマが転送石を作動させる。
だが、転送する前に衛兵達が追いついてしまった。
「弓兵。構えろ!」
弓を持った衛兵が横一列に並ぶと、揃って弦を引き絞る。
「まずい。間に合わない」
「俺に任せろ!」
「出ちゃ駄目よ!」
プロスヴァーはクラナスの制止を無視して、印から飛び出し弓衛兵の前に立つ。
「射て!」
直後、矢が放たれた。
プロスヴァーはヴォルヴィエで矢を弾く。
「ぐっ!」
しかし全ては弾けず、左肩と右太腿に鏃が刺さる。
「プロスヴァー!」
クラヌスが叫ぶ。
「行け。俺のことは置いて行くんだ。急げ!」
プロスヴァーは矢を受けながらも、衛兵達と刃を交える。
槍を避け、剣を弾き、 一人を斬り伏せる。
そして再び飛んできた矢はその死体を盾にして防ぐ。
だが、プロスヴァーが不利なのは誰の目にも明らかだった。
「待て。どこに行くんだお姫様?」
飛び出そうとしたクラヌスの肩に手を置いて、止めるソンツェル。
「離して! プロスヴァーを助けなくちゃ!」
「馬鹿! あいつはお前や俺たちを無事逃す為に戦ってるんだぞ!」
「分かってる。分かってるわよ! でも彼を見殺しになんて……できない!」
クラヌスはソンツェルの手を振り払うと印から出てしまう。
「待て。戻……」
戻れ。ソンツェルがそう言い切る前に白い光が五人を包み込んで転送され、彼ら五人の姿は消えてしまった。
衛兵の剣を籠手で防いだ時、背後が眩しい光で包まれたのを見て、プロスヴァーは皆が無事に逃げたのを確信した。
しかしその隙をつかれ、背後に衛兵が迫っているのに気づくのが一瞬遅れてしまう。
(防ぎきれないか)
自分の死を確信したその時。
「プロスヴァー!」
一瞬彼は、幻聴を聞いたかと思った。
その声はもう転送してここにはいないと思っていたからだ。
だが背後の衛兵がうつぶせに倒れ、彼女の姿を見た時、彼は内心とても嬉しかった。
「ク、クラヌス」
「全く、一人でいいカッコなんてさせないんだから!」
その時、プロスヴァーには彼女が女神に見えていたのだった。




