第0話 プロローグ その2
「立ち話もなんじゃし……お、丁度いいタイミングじゃな」
彼女はそう言うと、プロスヴァーの背後からやって来た荷馬車を止める。
二人は荷物が積まれた荷台の隙間に腰を下ろした。
馬車は馬一頭で引いているため、歩くより少し早いぐらいの速度だが、あまり揺れないので話しをするには丁度良かった。
「……そろそろあんたが何者か教えてくれ
「ふ〜。おお、そうじゃったな。ワシの名前は……」
そう言ってパイプを嗜みながら、少し考えて彼女はこう名乗った。
「ワシのことはそうじゃの……魔法使いとでも名乗っておこうかのう」
「マホウツカイ? 何だそれは魔道具使いと関係あるのか?」
「ふふふっ、まぁそう言うもんだと思ってくれて良い」
魔法使いはそう言って、又パイプ草の味と匂いを愉しむ。
因みに魔道具使いとは魔力を詰めたポーションを精製できる人のことを指す。
パイプをうまそうに吸う魔法使いを見てプロスヴァーも自前の陶器のパイプを取り出し一服する。
二人はしばらく無言で紫煙を漂わせる。
その間、馬の蹄と車輪がまわる音だけが響いていた。
先に口を開いたのは魔法使いの方だった。
「おっと、すまんすまん。つい夢中になってしまった。さてと、どこまで話したかの?」
「国王が俺の助けを必要だ。までは聞いたな」
「そうじゃった、そうじゃった。では続きを話そうかの」
「ああ、頼むよ」
プロスヴァーは魔法使いのマイペースに辟易しながらも話の続きを促す。
「お主の父上ガラヴァーは王国に繋がったダンジョンに兵を派遣しようとしておる。攻略するためなら全兵力を投入しても構わんと思っておるようじゃ」
「何故だ? あそこは十年前の事件で封鎖し二度と開けないと王自身が決定されたはずだぞ」
十年前の事件はプロスヴァー自身も体験していた。
その事件で彼を含めた全てのドワーフ達にとって、一生忘れることのできない痛ましい記憶を植え込まれている。
プロスヴァーもそれのせいで放浪の旅に出ているようなものだ。
なので父王ガラヴァーがダンジョンの入り口の封印を解こうとはプロスヴァーには考えられない事だった。
「ダンジョンの奥に彼が今一番必要としている物がある事を知ったからじゃ」
「それは一体なんだ? 父王がそこまで欲するものとは何なんだ?」
魔法使いはすぐには答えず、一度深くパイプを吸うとゆっくりと紫煙を吐き出す。
「不死の王冠という魔導器があるのじゃ」
「不死の……王冠?」
ドワーフ達の多くは魔法関係に疎い。近年になってやっと極少数が魔法学院に通ってはいるが、プロスヴァーも例に漏れずよくは知らなかった。
「左様。とても、とても危険な魔導器じゃ……お主らにはちと手に余る程のな」
「……まるで自分なら使いこなせるような言い方に聞こえるが」
プロスヴァーの指摘に魔法使いは笑い出す。
「ふふふっ。使えたとしても、ワシには必要ないものじゃよ」
魔法使いはそう言って返答をはぐらかした。
「さてどうするプロスヴァーよ。王国に戻るか? それとも又あてのない放浪の旅に戻るのかな?」
「…………」
ドワーフの王子は黙っていたが、自分の結論は既に決まっていた。
「その顔はもうどうするか決まっておるようじゃの」
「ああ、故郷が滅びるかもしれないのに、俺は黙って見ている気はない。それにあんたはその話を聞いた、俺が行かないと言うと思ってないだろ? 」
魔法使いはその決意を聞いて笑顔を見せる。
「うむうむ。流石はカロヴァーの血をひく者。あやつと同じで頼もしい限りじゃわい」
「お前、いったい何歳なんだ?」
カロヴァー王国を建国した初代国王カロヴァーの事を見知っているような言い方に思わずプロスヴァーはそう聞いてしまう。
「これこれ。女性に歳を尋ねるとは失礼じゃぞ。そんなでは嫁ができるのはまだまだ先じゃな。ふははは」
再び魔法使いにはぐらかされて、彼女には口では勝てないと思いプロスヴァーはそれ以上何も聞かなかった。
二人を乗せた馬車は南からプロスヴァーの故郷であるカロヴァー王国がある北に向かう。
実は馬車も魔法使いが仕込んでいた事に最後までプロスヴァーは気づく事はなかった。
プロスヴァーが王国に戻る決心を固めてから数時間後、馬車に揺られている間御者を含めた三人は一言も喋る事なかった。
御者は手綱で馬を操り、荷台の二人はパイプ草を味わう。
プロスヴァーは得体の知れない魔法使いと共に馬車に揺られているのに久しぶりにゆっくりとした時間を過ごしていた。
すると次第に瞼が重くなり、眠気に勝てず深い眠りについてしまう。
「また会おう。プロスヴァー殿。良い夢を」
そんな魔法使いの声が聞こえたような気がしたが、プロスヴァーは心地よい夢の中に落ちていくのだった。
「旦那。ドワーフの旦那起きてください。着きましたよ」
御者に起こされ、プロスヴァーはハッと目をさます。
「やっとお目覚めですかい。町に着きましたよ。早く起きてください」
気がつくと魔法使いの姿はなくなっていた。
「おい、俺と一緒にいた女性はどうした? 先に行ったのか?」
「はぁ? 旦那よっぽどいい夢を見ていたようですね。最初から女性などいませんよ。旦那一人じゃなかったですか」
「何! 俺一人だと?」
「そんな大声出さないでください。そうですよ。旦那があっしに行ったんじゃないですか。北の町に連れてってくれって」
「そ、そうか悪かったな。これは礼だ」
御者にそう礼を言って、馬車から降りる。
いつの間にか陽は落ち、夜の帳が下りていた。
宿を見つけ一人部屋を借りたプロスヴァーは軽く食事をして部屋に入り考える。
一瞬あれは全部夢だったのかと思ったが、服に染み付いたある匂いに気づく。
それはいつも吸っているのとは違うパイプ草の匂い、あの魔法使いが吸っていたのと同じ匂いだった。
取り敢えずベッドに横になろうと上着を脱いだ時、チャリチャリと金属がこすれる音が聞こえた。
「ん、 何だ?」
不思議に思い上着を探ると、あの黒い宝玉の指輪は消え、その代わりに数枚の金貨とメモが入っていた。
「この指輪は預かっておくぞ。代わりに金貨を詰めておく。何かの足しにすると良いじゃろう」
「一体何者だったんだ? あの女性は」
一応他に盗られた物がないか探ったが、何も盗られていなかった。
プロスヴァーはもう訳が分からないので考えるのを止め、目を閉じて寝る事にした。
「明日は朝一番にここを出て王国に向かうとしよう」
ドワーフは難しい事を考えるのが苦手なのだった。
「さて、当分は彼に任せてよかろう。しかし……」
魔法使いは夜の街を屋根から見下ろしてから左手に持った指輪に目をやる。
「やはり奴らは段々と力を増しているようじゃの。これは急がねばなるまい」
魔法使いはこちらを見る黒の宝玉を睨みつける。
すると宝玉にヒビが入り、直後粉々に砕け散った。
「さてワシも、一度戻るかの。王子よ死ぬなよ」
そう言って魔法使いの姿は屋根の上から消えるのだった。