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第1話 十年ぶりの帰還 その9

「お前、何故ここに……ぐっ」

プロスヴァーは喋ろうとするだけで、激痛が襲い上手く喋る事が出来ない。

「私が王宮に戻っていた時に兄上が送った伝令が丁度来たのです」

「……そうか」

プロスヴァーは自分が伝令を出していた事を思い出す。

「兄上。今、応急手当をします。動かないで下さい」

「……待て」

プロスヴァーは改めて周りを見回すと、そこかしこで兵達とゴブリンが戦っていた。

だが彼が探している姿は中々見つからない。

「どうしました。何を探しているのですか?」

「あの赤い化け物にトドメをさしたのか?」

「奴らの首領ですか? いえ、しかしあいつを斬った時、手応えはありました。かなりの深手の筈です」

プロスヴァーはそれを聞いて目を見開くと無事な左手で、ネカヴァーの襟首を掴む。

「それでは駄目だ! あいつはここで確実に殺すべきだ! 絶対逃がすわけにはいかん!」

プロスヴァーはそう言って立ち上がろうとするが、身体中の激痛がそれを許さない。

「ぐぅ……あいつを逃すわけには……」

「兄上! しっかりして下さい!」

ネカヴァーは周りを見回すが兵達はゴブリンの相手に手一杯でこちらの手助けはできそうになかった。

「あ、あいつか」

ネカヴァーは一際大きい赤い肌をした化け物を見つける。

どうやら採掘場の方に逃げ込もうとしているようだった。

ネカヴァーはプロスヴァーと赤い化け物を交互に見てある決心を固める。

「兄上、ここで待っていてください。あいつは僕がトドメをさします」

ネカヴァーはそう言うと赤い化け物に向かって駆け出す。

「待て、ネカヴァー」

プロスヴァーはネカヴァーを止めようとした。

一人で勝てる相手ではないのは分かっていたから。

だが兄の声は届かずネカヴァーは赤い化け物に向かっていく。

「待て! ゴブリンの首領! 貴様の首をとってこの戦いを終わりにする」

ネカヴァーは両手で自分の身の丈を超える両手剣を持って追いかける。

その声が聞こえたのか、赤い化け物はネカヴァーの方を見るとこちらを指差してゴブリン共に向かって何かを喚く。

すると周りにいたゴブリンがネカヴァーに殺到する。

ネカヴァーは両手剣の柄から左手を離し、剣身の裏刃の部分にある握りを掴む。

こうして取り回しをよくしてから向かってきた一匹のゴブリンを串刺しにする。

すぐに引き抜いて二匹目の左肩に剣を振り下ろす。

深々と腹まで切り裂かれたその死体を蹴ってどかすと三匹目の首をはねる。

直後三匹同時に襲いかかろうとするゴブリンに対しネカヴァーは左手を柄に戻し両手で横に薙ぎ払う。

重い両手剣から発したとは思えない程の鋭い風切り音がした直後、三匹のゴブリンの首は宙を待って地面に落ちた。

ネカヴァーは死体を確認する事もなく、自分の頭上を狙って振り下ろされる金棒を横に飛んで避ける。

金棒はむなしく空を切り地面とゴブリンの死体を潰しただけだった。

「チッ、避ケラレタカ」

「覚悟しろ、首領!」

ネカヴァーは振り下ろして隙だらけの化け物の右腕を狙って両手剣を振り下ろす。

「甘イワ!」

ギィンと硬い金属音がしてその攻撃は弾かれてしまう。

見ると器用に金棒の柄で斬撃を防御していた。

柄には小さい傷がついただけであった。

化け物は弾かれて体制の崩れたネカヴァーの胴体を狙って金棒を横薙ぎに振るう。

直撃すれば即死であろうその一撃をネカヴァーは後ろに飛び退って、何とかかわす事に成功する。

一度距離が離れたので、ネカヴァーはジリジリと距離を詰めていく。

その間、ネカヴァーは確実に化け物を殺す方法を考えていた。

そして考えついたのはたった一つだった。

その方法は失敗すれば確実に死ぬが、彼は死ぬ気は毛頭なかった。

ネカヴァーの脳裏にはある女性の笑顔が浮かんでいた。

ある程度距離を詰めたネカヴァーは一気に走って距離を詰める。

赤い化け物はそれを読んでいて、タイミングを合わせ振り上げた金棒を振り下ろす。

ネカヴァーはそれを避けようとはしなかった。

両手剣を左肩にのせるとそのまま突っ込んでいく。

金棒は剣身に直撃し、ガギンと大きな音がして盛大に火花を散らすが、ネカヴァーはその一撃を受け流す。

金棒はネカヴァーを殺す役目を果たすことなく、地面を抉るだけだった。

「もらった!」

化け物の一撃を受け流した後。

化け物の左足を狙って右から左に薙ぎ払う。

刃はふくらはぎに入ると止まることなく一気に斬り裂いていく。

「なっ!」

だが化け物の肌を裂き、そのまま肉を切り、骨を絶った所で、ネカヴァーの予想外の事態が起きてしまった。

剣身は化け物の足の半ばで止まってしまう。

ネカヴァーの考えでは左足をそのまま切断し、体制を崩した化け物の首を斬るつもりだった。

だが、両手剣は左足に食い込んだまま梃子でも動きそうにない。

「グギャアアアアアッ!」

化け物は金棒を取り落とし、左足からおびただしい量の黒い血を流しながら、声の限り絶叫する。

その間もネカヴァーは剣を抜こうとしていたが、一向に抜ける気配はなかった。

そしてそちらに気を取られていて、迫り来る拳に気づけなかった。

「ぐあっ」

化け物の右拳がネカヴァーの頭を直撃した。

避けることができず、ネカヴァーの脳はぐらぐらと揺れて意識を失いそうになるが、絶対に剣の柄から手を離すことはなかった。

「グアァアア! 離レロ! 離レロ!」

化け物は両手の拳で遮二無二ネカヴァーを殴り続ける。

「ぐぼっ、離さない……離すものか!」

ネカヴァーは、身体中を何度も何度も殴られ、骨が砕け内臓が破裂しても両手は絶対に離そうとはしない。

「ネカヴァーもういい。手を離せ! 死んでしまうぞ!」

殴られボロボロになっていく弟を見てプロスヴァーは声の限りに叫ぶが、それは届かない。

プロスヴァーは全身の身体に力を込める。

「動け、俺の身体動けぇえええ!」

全身の痛みを無視してネカヴァーを助ける為に立ち上がる事に成功する。

しかし一歩歩いただけで身体中が悲鳴を上げ倒れそうになる。

倒れるのを必死に堪えてプロスヴァーは歩く。

「ネカヴァー待っていろ。今助けるそ!」

しかし無情にも彼の努力は間に合う事はなかった。

化け物はネカヴァーを殴る事を止めて彼の両腕をへし折る。

そのまま頭を掴んで持ち上げると、彼を渾身の力で地面に叩きつける。

「がっ……はっ」

ネカヴァーはもう立ち上がることもできなかった。

化け物は自分の左足から両手剣を無理やり引き抜く。

「ゴアァアアアアアッ!」

無理やり引き抜いたせいで傷口が広がって絶叫する化け物。

そして仰向けに倒れて動かないネカヴァーに剣の切っ先を向ける。

「や、やめろおおおおおお」

そう叫ぶプロスヴァーの目の前で、化け物はネカヴァーに剣を突き立てた。

剣はネカヴァーの身体を貫き地面まで到達する。

「ああ、ああああっ、ワアアアアアアアアッ!」

プロスヴァーは叫びながら走る。身体中の痛みなど感じていなかった。

左手に剣を持ち肉迫する。

化け物は逃げ出そうとしたが、左足に力が入らず膝立ちの体勢のまま動くことが出来ない。

プロスヴァーは全身の力を込めて剣を右から左に薙ぎ払った。

狙いは半分以上切断されている左足。

鋭い刃が化け物の左足を物の見事に切断した。

「ギャアアアアアアアアア」

耳を覆いたくなるような長い絶叫を上げて、左足を抑えながら悶え転げ回る。

プロスヴァーもまた動けなかった。渾身の力を込めた一撃を放ったせいで、身体が限界を迎えていた。

彼の目の前で、赤い化け物は赤子のように泣き喚きながら、ゴブリン達に採掘場の奥へ逃げていくのだった。

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