第0話 プロローグ
私はドワーフが大好きです。なので 今回の主役はドワーフです。登場人物もドワーフだらけです。彼等の冒険を是非最後まで楽しんでください。
これはドワーフの王子とその元に集まった頼もしき仲間達の物語。
私が仲間の一人として実際に見たこと聞いた事をここに記す。
物語の始まりはある名前を忘れられたある人間の村からだった。
その日は厚い雲が立ち込め雨が大地を濡らしていた。
その雨でも収まらない程の炎と煙が、村を包み込み兵達が周りを取り囲んでいた。
その村は突然武装蜂起し村人達は武器を持ち教会を襲い神父を殺し火を付けた。
王は反乱を鎮圧する為、軍を派遣し村を包囲した。
再三の降伏勧告を無視した村人達の返事は、焼け焦げた神父の死体を投げ込む事だった。
軍は直ちに村を制圧する為に兵を投入したが結果は軍の敗走だった。
再度侵攻した兵達は武装した村人達の反撃に遭い退却するしかなかった。
そこで軍は、雇っていた傭兵を村に進軍させる。
その数は百人。
百人にも満たない村に侵攻するには多すぎるほどではあるが、それ以上の兵達では制圧できなかったからである。
その百人の傭兵の中で唯一のドワーフがこの物語の主人公である。
槍の穂先が村人の顔を貫く。
そのまま死体を蹴り飛ばして奥にいた村人の動きを止めてから持っている槍で心臓を貫いた。
槍を両手で構えるのは黒髪を肩まで伸ばし同じ色の髭を蓄えたドワーフの傭兵である。
彼の活躍により村への突破口が開き、村中で戦いの音が響いていた。
村人達は鍬や鎌、更には脱穀に使うフレイルを手に持ち傭兵達を迎え撃つ。
だが様々な戦場を渡り歩いてきた傭兵達を止めるには些か役不足であった。
次々と立ち塞がる村人達を退け、この事件の首謀者である村長宅に向かう。
傭兵達は、反乱を扇動した頭を潰す事を第一目標に一気に突撃する作戦に出た。
なので守りの薄い所を一気に破り、立ち塞がる者は容赦なく斬り伏せていく。
ドワーフは村長宅の前まで来ると扉を守る村人に向けて躊躇なく持っていた槍を投げた。
頭を貫いた槍はそのままにして、背中に背負っていた盾を右手に、左手には腰の鞘から抜いた剣を持って扉を蹴破り中に入る。
外では傭兵達が村人達を足止めして時間を稼いでいる。
その間にドワーフと二人の傭兵が家の中を捜索する。
決して広くない家の中で反乱の首謀者は隠れる事もせず椅子に座っていた。
彼に対して傭兵の一人が口を開く。
「投降しろ! 抵抗すればこの場で殺してもいいと許可は下りている!」
その威圧的な口調に怖じ気付いたのか、村長は座ったまま体を丸めてガタガタと震えだす。
「おい震えてないでなんとか言え」
そう言いながら傭兵は近づく。しかしそれが彼の命取りになった。
傭兵が彼の腕を引いたとき、村長は抱きつくように近づいて、隠し持っていたナイフで鎧の隙間に突き刺し、何度も抉る。
何が起きたか分からないまま傭兵は床に仰向けに倒れた。
「この指輪は私のモノだ! 私の指輪だ!」
村長はそう叫びながら傭兵の体にのしかかり、何度もナイフを突き立てる。
「貴様!」
叫んだ二人目の傭兵が動くより早くドワーフが近づき右手の盾でナイフを弾き飛ばしてから左手の剣で村長の首を斬り落とした。
頭を失った胴は左腕を下にして横向きに倒れ、切り離された頭は、放物線を描きながら床に落ちる。
その顔は自分が死んだ事に気づかず何かを叫ぼうとしたまま固まっていた。
「おい、殺しちまったのか。生け捕りにすれば報酬が倍になったのに……」
そうドワーフに悪態をつきながら傭兵は死体に近づき何かないかと物色する。
「なんか金目の物ないかね……おっとこの指輪は中々高く売れそうじゃないか」
傭兵が見つけたのは村長の右手人差し指にはまっていた黒い宝玉の指輪だった。
指から抜こうとするが、指輪自体が意志を持っているかのように全く抜けない。
「くそ! この、抜けろっ!」
「……おい、指輪から離れたほうがいい」
ドワーフは嫌な予感がして傭兵にそう忠告する。
「何言ってんだ。これは俺のだ! お前にはやらないからな」
ドワーフの忠告を無視して傭兵は指輪を抜くのに必死になっていた所為で、自分に迫る刃に気づかなかった。
「ぐぎゃっ」
そんなおぞましい声を上げながら、傭兵が倒れる。見ると後頭部に深々とナイフが突き刺さっていた。
それを抜いて立ち上がったのは村長だったモノだ。
首のない胴体が、左手に持ったナイフを逆手に構えて近づいてくる。
自分に向かってゆっくりとした動作で振り下ろされるナイフを盾で防ぎ、心臓を剣で突く。
それでも村長は動いてナイフを突きたてようとする。
それを避け体制を立て直すが、ドワーフは内心焦っていた。
首を斬られ心臓を貫かれて立っている人間など初めて見たからだ。
(どう倒すか?)
そんな事を考えている間も頭を失った村長は、ナイフを構えながら近づいてくる。
その時ドワーフの目にあるものが映る。それは村長の右手の人差し指に光る指輪だった。
それに狙いをつけ相手がナイフを振り下ろす前に素早く剣で右手首を切り落とす。
手首を落とされた身体は、先程までの不死身ぶりが嘘のようにその場に崩れ落ちた。
「はぁー」
何度か蹴って動かなくなったのを確認してから安堵のため息をつく。
ふと目をやると斬り落とした右手の指輪と目が合った。
そう錯覚するほどの魅力が黒い宝玉から溢れていた。
指輪に手をかけるとアッサリと指から抜ける。
ドワーフは暫くそれを眺めていた。
「そっちは無事か?」
いつまで眺めていたのか、その声で我に帰り気がつくと左手の人差し指に指輪をはめようとしていた。
後ろから近づく足音を聞き、直ぐに指輪を懐に隠す。
やって来たのは外で戦っていたはずの傭兵の一人だった。
「ああ、俺は大丈夫だが二人やられた」
「何があったんだ?」
「村長がナイフを持って抵抗してきた。それで二人とも」
ドワーフの言葉を聞きながら、床に転がる三つの死体を見る。
「こいつらも運がなかったな。油断するから命を落とすんだ」
彼等にとって、仲間が村長に殺された事は大した問題ではなかった。
むしろ報酬がその分増えると内心喜んでいた。傭兵とはそういうものである。
「外は終わったのか?」
「ああ、急に村人達はバタバタと気を失うように倒れてな。村長を殺した事と関係あるのか?」
「さあ、俺にもわからん」
ドワーフは自分が見た事は喋らなかった。
信じてもらえるとは思えなかったからだ。
村は傭兵達を投入したことで瞬く間に制圧された。
村長がどうやって村人を唆したのか、真相は分からないままだった。
結局、村は異教徒によって操られていたと王国は結論づけその村は焼き払われた。
村の名前はどの記録にも残っていない。
ドワーフの傭兵は報酬を受け取り背嚢と盾を背負って一人街道を歩いていた。
(さてどこに向かうか)
彼は当てのない放浪の旅を十年も続けていた。
しかし三百年も生きるドワーフにとっての十年はあっという間に過ぎていった。
「やはりこのまま南に向かうか」
傭兵から聞いたのは南にまだ攻略していないダンジョンがあるらしく、そこなら食い扶持があるかもしれないとの事だった。
しかし彼にとって南はあまり行きたくはなかった。
何故ならエルフの王国が南にあるからである。
昔からエルフとドワーフの仲は悪い。
彼も小さい頃から何度も聞かされていた。
エルフ達は皆自分達が一番神に近い種族だと信じ、人間やドワーフの事を見下しているのだと。
「……まあ、しょうがないか」
いくらエルフが苦手でも、稼がなければ飢えて死ぬだけだ。
彼は重い足取りで歩いていく。
「ちょっとそこのドワーフさん」
すると後ろから女性が自分を呼び止める声が彼の耳に入ったが、それを無視して歩く。
振り向いて一瞬目に入った相手の姿は、薄汚れた灰色のローブにこれまた同じ色のとんがり帽子を被り、右手には木の杖を持っていた。
白い髪は腰まで伸び、豊かな胸元を見るに人間の女性だとは分かったが、その格好から自分にたかろうとする物乞いか何かだと決めつけ先を急ぐことにする。
「ちょっと待ってくれんかの。ワシはお主に話があるんじゃが」
聴くものを虜にする程美しい女性の声なのに言葉遣いは老人のそれだった。
「すまんが、先を急いでいる。食い物が欲しいなら他をあたってくれ」
益々関わりたくなかったので、更に歩く速度を速める。
「ワシはお主に用があるんじゃ。カロヴァー王国の第一王子よ」
その言葉を聞いて彼は足を止めた。
ドワーフが足を止めたので物乞いの女性は距離を詰めてくる。
「俺の事を知っているのか?」
「もちろん。お主の名前も知っておるぞ。国王ガラヴァーの息子プロスヴァー」
そこまで言ったところで彼女の言葉が途切れる。ドワーフが腰の剣を抜き切っ先を、女性の喉元に狙いをつけたからだ。
「お前は何者だ?」
「危ないのう。そんな物騒な物はしまいなされ。ワシは話に来ただけじゃよ」
「質問に答えろ。何者だ?」
「この剣を収めてくれたら答えるとしよう」
「ふざけるな」
「ふざけてなどおらん!」
ドワーフは女性から発せられたとは思えない声の圧力に驚く。
「ワシは話がしたいだけじゃ! それなのにいきなり剣を向けるとは、失礼なのはそちらの方だろう!」
「す、すまなかった」
ドワーフは完全に女性の迫力に負けて剣を収める。
「うむ。それでいい。やっと話ができるわい。なあ、プロスヴァー殿」
そう言って女性はパイプを取り出して火を点ける。
「一体俺に話とはなんだ?」
「うむ。ワシは回りくどいのは嫌いでの。なので単刀直入に言おう。王国に戻りなされ。それも今すぐに、父王がお主の力を必要としておるのじゃ」
それはプロスヴァーにとって衝撃的な一言だった。