定め
新しい立派な巣穴に暮らし始めてしばらく経った頃、二人の間には大切な卵ができました。
その卵は、コロ助が腕によりをかけて作った、糞玉の中に仕舞われました。
そしてタマ子は、その玉の表面を念入りに手入れして、悪いバイ菌が付かないように、大切に守っていました。
そしてタマ子とコロ助は、糞玉に触角を当てては、卵から赤ちゃんが生まれる音が聞こえて来るのを、今か今かと、楽しみにしていました。
コロ助は毎日巣穴から外に出て、自分とタマ子が食べるための糞玉を作りに湖に出かけて行きました。
けれどその頃コロ助は、だんだん食欲が無くなり、作る糞玉も小さくなり、触角もしょんぼりと、下を向いている事が多くなってきました。
タマ子は心配でした。
でもコロ助は「何でもないよ」と微笑んで見せるのですが、その表情は以前のコロ助と比べると、全く元気がありませんでした。
赤ちゃんの顔を見れば、きっとコロ助も元気になるだろうと思いましたが、赤ちゃんはなかなか生まれてきません。
そして雨季の近づいた草原に、遠い雷の音だけが響く、そんな心落ち着かないある日の事でした。
タマ子が静かに糞玉の手入れをしていると、コロ助がやってきました。
「タマ子、大事な話があるんだ」
その顔はすっかりやつれていて、もう笑顔は一かけらも浮かんでいません。
「どうしたの、コロ助さん」
タマ子は手入れをやめて、コロ助に近づきました。
するとコロ助はスッと後ろに下がって、タマ子から離れました。
「僕はこれから外に出る」
「え、今から?何を言っているの、ダメよ、もうすぐ大雨が降り始めるわ」
タマ子は止めました。けれどコロ助は黙って首を横に振りました。
「外に出たら、僕はもう、ここには戻って来ない。……これでお別れだ」
「ど、どうして!?何で急にそんな事を言うの??もうすぐ赤ちゃんだって生まれるのに!お別れなんて、どうしてそんな……ひどい!!」
タマ子は悲鳴のような声を上げ、コロ助に詰め寄りました。
コロ助はそれをなだめて、静かな口調で言いました。
「その赤ちゃんのためなんだ」
コロ助は自分の作った、大きな糞玉を見つめながら言いました。
「僕の命はもうすぐ終わる。どうやら僕は、君より長くは生きられない『定め』みたいだ」
コロ助は微かに笑って見せました。
けれどその無理な笑顔が、かえってタマ子の心を締めつけました。
「だったら余計にそばにいて。ここから出るなんて言わないで、私にあなたの最期を見届けさせて。あなたとずっと一緒にいたいの。この子だって一緒に……」
「僕が死んだら、体から少しずつ悪い毒が出てくる。それが卵にうつったら、赤ちゃんは病気になってしまう。それに君に……僕の死んだ姿を見られたくないんだ」
「死んじゃうなんてイヤ!それなら私も外に行く!!」
コロ助は、タマ子の小さなつぶらな瞳を、優しく見つめました。
「聞き分けのない事を言わないで。君はお母さんになるんだよ。卵がかえって赤ちゃんが生まれて、強い丈夫なサナギになるまでは、君がしっかり糞玉の手入れをして、僕たちの子を守るんだ。それが君の役目だ」
「コロ助さん……」
タマ子の目から、大粒の涙が溢れ出しました。
コロ助はそんなタマ子を、最後に思わず抱きしめたくなりました。
けれど、その気持ちをこらえると、
「あとは頼んだよ」
と言い残し、静かに地上へと登って行ったのです。