水牛の足元で
タマ子の丸い体は、風に逆らいながら力強く空を飛んでいました。
飛ぶというのはとてもすがすがしく、気持ちの良いものでした。
タマ子は、大きな湖の周りに広がる草原を見渡しました。
そしてだんだん、その美味しそうな匂いのする方へ導かれていきました。
「あ、あそこかな?」
湖の横の草原に、水牛の群れが見えます。
良い匂いはどうやらその辺りから漂ってくるようです。
タマ子は草原に降りていきました。
けれど上手に翅が使えず、勢いあまって着地して、硬い地面に叩きつけられ、コロンコロンと転がってしまいました。
「あいたたた・・・飛ぶより降りる方が難しいのね」
タマ子は恥ずかしそうに前あしで頭を掻きました。
転がり落ちた先には、大きな水牛の他にもたくさんの動物達がいて、そして地面の上には、タマ子と同じフンコロガシも大勢いました。
フンコロガシの仲間達は、水牛の後脚の下に集まって、中あしを組みながら上を見上げています。
タマ子は不思議に思って、そっちの方に歩いて行きました。
「こんにちは」
近くにいた一人の女の人に声をかけると、その人はタマ子を見て言いました。
「おや?生まれたてだね、きれいな子だ」
「何をしているのですか?」
「フンをするのを待ってるのさ、コイツが」
「フン?」
「そう。水牛の出来立てホヤホヤの糞。アタシらのおまんまさ」
その人はそう言うと、待ち遠しそうに水牛のしっぽが左右に触れるのを見上げています。
水牛のフン。そうか、美味しそうな匂いの元はそれだったのね。
タマ子がその人と同じように水牛のお尻を見上げていると、のん気に揺れていたシッポが、ふいに高く持ち上がり、ボタボタボタッと、茶色いフンが、地面にたくさん落ちてきました。
わーっ!!
すると歓声が上がり、下で待ち構えていた仲間達は、湯気の立ったフンに突進して行きました。
「さあ、急ぐんだよ!」
その人はタマ子の手を取ると、群がる仲間をかき分けて、タマ子をフンの上に引っ張り上げてくれました。
そして手際良く、フンを丸めて小さな団子を作り始めたのです。
その横で、タマ子は夢中になってホカホカのフンを頬張っていたのですが、その人は大きな声で言いました。
「ちょっとアンタ、食べるのは後にしな!まずは糞玉をこしらえるのが先さ」
「糞玉?」
「そうさ。いいかい、よく見るんだよ、最初はこうやって硬い芯をこしらえて……」
タマ子は女の人の真似をして、フンを固めて丸めてみました。
「そうそう、そうしてその周りにどんどんフンをくっつけて大きく丸めていくのさ」
そう言いながら、その人はせわしなく前あしと中あしを動かして、小さなダンゴにペタペタとまんべんなく柔らかいフンを付け足していきました。
他の仲間達も一斉に団子を作り始めたので、
たくさんあったように見えた水牛のフンは、あっという間に少なくなってきました。
タマ子も慌てて、見よう見まねで糞玉を作り始めました。
女の人は手慣れた様子で、素早く自分の体より大きな糞玉を作り終えると、
「じゃ、アタシは先に行くよ!これを好きな所に転がして持って帰って、後でゆっくり誰にも邪魔されずに食べるのさ。あんたも頑張るんだよ。フンはヤリ立てが一番だからね、先手必勝!時間が経ったのはダメだよ、不味いし、固まりにくいし、運んでる途中でバラバラになっちまうからね」
そう言い残すとその人は「よいしょっ!」と、勇ましい掛け声を上げて逆立ちをすると、中あしと後あしで、丸い糞玉を器用に転がして去っていきました。
「すごーい、あんなことができるのね?よーし!」
タマ子は感心し、自分の糞玉を一生懸命、大きく丸めていきました。
そして時間をかけて、ようやく体と同じくらいの玉を作ることはできましたが、どうもさっきの女の人のように、まん丸というわけにはいきませんでした。
「でも初めてだから仕方ないわ。さて、じゃあコレをどこか静かな所に運んで行こう」
タマ子はさっきの女の人のように、玉に後あしを掛けて逆立ちをしてみました。
そこまでは上手く行ったのですが、いびつな形の糞玉は、タマ子がどんなに頑張っても、なかなか思うように転がってくれません。
「あれー?おかしいな、困ったな」
キョロキョロと辺りを見渡しましたが、他の仲間達は自分の糞玉を転がすのが精いっぱいで、誰も、もうタマ子を気にかけてはくれません。
するとそこに、一人の男のフンコロガシが現れました。
「やあ、大変そうだね。手伝ってあげようか?」
その男はニヤニヤと近づいてくると、タマ子の糞玉に前あしを掛けました。
「本当ですか?実は作るのが初めてで、上手く丸めることができなかったんです。手伝っていただけると、とても助かります」
タマ子はお礼を言うと、その男に糞玉運びをお願いしました。
「お安い御用さ。どこまで運ぶつもりなんだい?」
「うーん、、、取りあえず、あっちの方に行きたいんです」
タマ子はさっき飛んできた方向を、何となく前あしで指し示しました。
「ふーん。まぁいいや。そっちに行こう」
男はタマ子の横に並んで逆立ちすると、グイッと後あしに力を入れました。
すると糞玉はようやく、ゆっくりと転がり始めたのです。
「わあ、すごい!ありがとう」
「ふふん」
タマ子が喜ぶと、男は鼻で笑いながらゴロン、ドスン、ゴロンと、いびつな糞玉を転がして行きました。