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時計仕掛けのアリス  作者: 沢岐
第一章 生まれるはずのなかった友情
4/5

出会い

「はぁ~~~……」


 うっとりと恍惚とした表情で盛大な溜め息を口から吐き出しながら、タンポポのようにフワフワの金髪(ブロンド)の髪色をした少女が分厚い辞書のような本から顔を上げた。そしてぱたりと重そうな音を立てて今しがた読み終えたばかりの本を閉じると、少々間抜けにも思えるその表情を変えることなく今座っている教室の一番後ろの窓際の自分の机の上に片肘を突き、掌に顎を乗せて窓から見える雲一つ見当たらない青空を仰ぎ見た。


「やっぱいいわぁ……イリュオスは……」

「なぁ~にが『いい』よ?」


 突如、ぬっとアリスの目の前に立ちはだかった人影が窓の外の景色を覆い隠したかと思うと、若干溜め息混じりにそんな台詞を吐きながらヒョイッと見事としか言いようのない手馴れた手つきでアリスの手と机で板挟みになっていた本を抜き取った。


「あっ!?ちょっ、返してよ、マリーナ!」


 完全に不意を突かれたアリスはガラス玉のように透き通った水色の瞳を軽く怒らせて、目の前で呆れ顔を作りながらアリスから奪った本をしげしげと眺めているマリーナに向かって手をのばした。その拍子に、椅子がガタッと音を立て前後に大きく揺れる。


「よくこんなもん読めるわよね~」


 カチューシャについている大きめの水色のリボンをピョコピョコ揺らしながら懸命に本を取り返そうとするアリスをからかうように、マリーナも思いっきり背伸びして手に持っている本をアリスの手の届かない位置にまで持ち上げる。それでもなお諦めることなく奮闘するアリスだったが、その努力の甲斐も虚しく彼女の手は宙を掻くだけだった。何せアリスの身長は155㎝以下と少々小柄なのに比べ、マリーナは170㎝以上と16歳の少女の割にはそこそこの高身長の部類に入るのだから敵うはずもない。


「あんたさぁ、毎回毎回言ってるけど、いい加減こんなもんから目ぇ話して現実を見なさいよ、現実を。そんなんだからいつまで経っても彼氏の一つも出来やしないのよ」

「いいんですぅ!もう諦めてるし!それに(あたし)みたいな妄想女子に男が寄ってくるなんて期待する方が間違ってるの!もしいたとしたらそいつはただのド変人ね」


 未だに本を取り返そうと懸命にジャンプや爪先立ちを繰り返しながらサクランボ色の唇とむぅと尖らせ、反撃するアリスにマリーナは「まぁ、それもそうなんだけどねー」と首を縦に振る。


「だけど、一応幼馴染としてやっぱ見ててほっとけないと言いますか、色々もったいなさ過ぎて見てらんないと言いますか……」


「あんた、顔とスタイルはいいのに……」と嫉妬を舌打ちで形容し、また憐みの入り混じった大きなこげ茶色の瞳で、口を開かずに笑ってさえいれば確実にモテると断言できるアリスの可愛らしい童顔を見下した。


「余計なお世話っ!つーか、(あたし)は彼氏とかそんなんに興味ないしぃ?今はイリュオスで満たされとくわ~」

「あそ……」


 漸くどう足掻いても勝ち目はないと諦めたのか、アリスは頬をブスッと膨らまして不機嫌さをあらわに、ドサッと無造作な仕草で椅子に座った。それに次いでマリーナも相変わらずの呆れ顔のままアリスの目の前の席に向かい合って座った。


「でも、どうせそのイリュオスとやらも現実にいないようなキャラなんでしょ?二次元の世界に恋なんかして虚しくなんないの?」

と頬杖を付きながらマリーナは手に持っている分厚いアメジストの色をした本をアリスに見せつけるようにして目の前でひらひらと振る。


「まぁねぇ~。確かに初めのころは『なぜ現実(この世界)の男はこんなに残念なんだ!?』なんて思ったりもしてたけど、今はもう慣れたっつーか、まぁ、そう言うもんだって割り切ってるし。それに初めから叶わない恋だって分かってるから別に成就させる気もさらさらないしね。というか既にエリザに取られちゃってるから。だからどちらかと言うと、(あたし)にとってのイリュオスは憧れの対象って言っても過言じゃないと思うのよね~。ほら、みんな好きなアイドルグループできゃいきゃいはしゃいでるじゃない?あれみたいなもんよ」

「ふ~ん。そう言うもんなのかしらね~。(あたし)にはそう言うのよく分かんないけど。まぁ、何がともあれ、イリュオスはアンタのドストライクゾーンにハマったってことね。ヨカッタワネー」

「ウン、アリガトー。……ねぇ、そろそろマジで返してよ。(あたし)、今日寄るとこあるからもう帰りたいんだけど?」

「寄るとこ?」


 今度は素直にアリスに本を返しながらマリーナは首を傾げる。


「今日『マルス』の新刊の発売日なのよ。一緒に行く?」

「あー、今日は無理だわ。予定があんのよ。っていうか、今日四六時中機嫌がいいと思ったらこのせいだったか」

「ふふ~ん。そ~いうことですわ~。じゃあ、(あたし)はもう行くね。ほいじゃ、さいなら~」

「うん、また明日ー」


 * * * * * *


「フフ~ン、フンフフ~ン」


(待っていなさい、(あたし)の『マルス』!)


 只今、アリスは今すぐにでも小躍りしそうなほど上機嫌なご様子でアップテンポな流行りの歌を鼻歌で歌いながら自宅近くにある本屋へと向かっていた。


「おっちゃん、こんちは~!」


 入口の扉についている鈴をカランコロンと威勢よく鳴らしながら店にはいると、レジ席で何やら分厚い紙束に目を通していた店員らしき黄色の布地に緑色のチェックが入った半袖のTシャツに濃い緑(ライトウッドカラー)の前掛けといったいでたちをした五十代半ばくらいの男が、アリスの姿を確認すると、ニッと健康そうな白い歯を見せて笑った。


「おっ、アリスちゃん。今日は随分とご機嫌だね。何か学校でいいことでもあったのかい?」


 ずり落ちかけていた黒縁眼鏡を直しながら愛想よくアリスに笑いかける中年男の質問に、アリスは首を横に振って否定する。


「ううん。それよりさ、この前頼んでたやつある?」

「あぁ、『マルス』かい?おう、ちゃんと入荷しといてやったぜ。奥の方に置いてあるはずだ」

と店員は血色のいい小麦色の肌をした太い指で店の奥の書棚を指した。


「サンキュー」

と鞄を持っていない方の手をひらひらと振りながらアリスは教えられた通り、店の一番奥にある書棚に向かう。


(あった!あっぶなー。最後の一冊じゃん。ラッキー)

などと心の内で舞い上がっていたアリスは、そのすぐ近くでアリスが目当てとする『マルス』と金文字で題名が書かれたアメジストの本に熱い視線を送っている少年の姿に気が付かなかった。


「あっ!」

「あ……」


 二人の指先がほぼ同時に、ロングソードを片手に構える精悍な顔つきをした男と手に持つ花束に柔和な微笑みを送っている女が背中合わせに並んでいる絵で彩られた分厚い小説の表紙に触れた。


「「…………」」


 気まずい沈黙。

 先にこの状況を打開すべく口を開いたのはアリスだった。


「……おっちゃん、ここに置いてあるので最後?」

「んー?あぁ、ちょっと待っとくれ」


「よっこらせ」と店員はレジ席から重そうに腰を上げると、前掛けの埃をはたく仕草をしながら二人して困り顔を浮かべているアリスたちの元へと歩み寄った。


「ちょっと失礼」

と店員は断りを入れてから二人の間に割って入ると、しゃがんで本棚の下にある引き出しを開けて中を覗き込む。だが生憎、目当ての物は見つからなかった。


「う~む……それが最後の一冊だな。取り寄せたらあるが、一週間くらいかかるぞ?」

「マジぃ~!?」

「仕方ねぇだろ?有名ってわけでもねぇんだからそんなに出回ってねーっつの。まっ、せいぜい喧嘩しねぇようにしろよ」

「しないわよっ!!」


 カラカラと陽気に笑いながらレジ席に戻っていく店員のガタイのいい背中をキッと睨みつけてから、アリスは再びあれからずっと無言の態を貫いている少年に目を向けた。

 少年は相変わらず微動だにせず、書棚に目を向けたまま石像のようにその場に固まっている。


(仕方ない……今日は諦めるか)


「残念」と内心で呟きながら名残惜しそうに本の表紙を指先で優しくなぞり、相手の耳に届かない程度にアリスは憂い帯びた溜め息を一つ、小さく吐いた。


「……じゃあ…」

「いい」

と口を開きかけたアリスを遮るように少年はただ一言ポツリと呟くようにして言葉を発した。


「これは、君が買えばいい」


 少年はそう言って本を手に取ると、アリスに向かってズイと押し付けるようにしてそれを差し出す。


「ん」

「えっ…でも……」


 遠慮してなかなか受け取ろうとしないアリスを、少年は眼鏡の奥で理知的な光を灯す菫色(バイオレット)をした瞳でジッと見据えながら本をアリスの胸の前に突き付け続ける。


「……いいんですか?(あたし)ならまたいつでも来れるから大丈夫ですよ?」


 普段使わない敬語にしどろもどろになりながらも根負けしたアリスが問うと、少年は首を縦に振って肯定の意を示した。


「いいから。それは僕も同じ」

「あ、ありがとう……」


 再度ズイと有無を言わさない気配を漂わけながら差し出された本を、おずおずといった調子で少年の手から受け取ると、少年は満足したように「うん」と頷いた。


(……あれ?この人のシャツ、うちの制服と同じじゃない?)


「あなた、もしかしてウェスト・ウォール高校?」


 少年の着ている黒いコートの隙間からちらつくシャツからそう判断すると、アリスは小首を傾げつつ再びその場に石像と化した少年に聞いた。


「……うん」


 一拍、微妙な間をおいて返事を返してくる少年。どうやら初対面の人間に対する免疫が低いようだ。


「ふ~ん。何年生?」

「一年」

「へぇ、同い年……。私もそうなんだー。何組?(あたし)はC組」

「A組」


(うっわ、一番賢いクラスじゃん。……確かにこいつ、見るからに優等生っぽいわ~)


 アリスの通うウェスト・ウォール高校は一学年、ABCDEと成績順に五クラスずつ、四十人体制で分かれている。比較的ウェスト・ウォール高校は平凡な高校ではあるが、学内でも最も優秀な成績を収めている生徒たちが集まるA組からは毎年一人か二人ほどの割合でイギリスを代表する有名大学に合格するなど、そこそこの成績を収めている。


「ふ~ん……」


 やや鼻にかかった声で相槌を打ちながら、アリスはジロジロと品定めるかのような目つきで少年の全身を眺め回した。

 身長はアリスよりも頭二つ分か少し下といったところくらいだろうか。年頃の男子の中では平均より少し上くらいだろう。少なくともマリーナよりは高そうだ。体つきはやや細身ながらも弱々しさが感じられず、寧ろ少し鍛えていそうだ。髪は日本人のように真っ黒なため、もしかしたら染めているのかもしれない。色白の肌はちゃんと血が通っていることが分かる程度に血色がよく、顔立ちもかなり整っている。


(育ちのいいイケメンってとこかしら?)


「……何?」


 ジロジロと検分するように見られることに不快感を覚えたのか、少年はやや不機嫌そうに眉を寄せた。


「えっ……いや、別に?」


(こんなの学校に居たっけ?)


 慌てて視線の先を少年から明後日の方向にやりながらアリスは自身の平凡な記憶力をフル稼働させ、見知ったA組男子の顔と少年の顔を照らし合わせていくも、残念ながら該当する顔は出てこなかった。

 A組といえばマリーナと同じクラスのはずだ。マリーナに会うためにしょっちゅう休み時間の合間を縫ってA組に行くため、A組の男子の顔はある程度アリスの脳内にインプットされている。されているはずなのだが……。


「あなた、名前は?あっ、あたしはアリス。アリス・マクレーン」


 顔がだめならば今度は名前で、とまずは自己紹介をする。


「……アルバート・ダウナー」


 ……うん、残念。全然知らんわ。

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