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時計仕掛けのアリス  作者: 沢岐
第一章 生まれるはずのなかった友情
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マルス②

 赤い垂れ幕の隙間から光が漏れ出し、夜の闇に包まれている周囲の木々を照らし出している。その足元にくっついている影はそれと相反するように色濃く浮かび上がり、さながら亡霊のようだ。そんな中、戦いの勝利に酔いしれた男たちの豪快な笑い声が絶えまなく聞こえてくる。


「ハッハッハッハッハッハッハッハッ!いやぁ、流石は我がメリーラン王国の英雄(マルス)!!耳元でいきなり『奴らが撤退を始めたらこちらもそうするように』と言ってきたときは何を考えておるのかと思ったが、まさか其方があの巨大な灼熱魔法を中和してくれるとは夢にも思わなんだぞ!今回の勝利はそなたの手柄だ!それっ、飲め飲め!」

「いえ……どうも……」


 酔いと興奮で頬を薔薇のように真っ赤に染め上げ、一際大きな声で陽気に笑いながらドバドバと自分の将軍席の隣にあるもう一つの将軍席に座っているイリュオスの盃に酒を注ぐセレンディウヌ将軍。その様子から、戦場でのあの憔悴しきった表情は一欠けらも窺えない。一方のイリュオスは酒で気が大きくなっている将軍の酒をありがたく頂戴しながら、照れくさそうに頭を掻いている。


(わたし)はただ、あの灼熱魔法を中和しただけですよ。あとは将軍の指揮下にある兵士たちの活躍のお蔭です」

「何を言うか。其方があの火球を一瞬にして消滅させたからこそ儂の兵士たちが活躍出来たのだ。其方がおらねば、儂らは当の昔に炭屑となってあの荒野の砂に埋もれておったわ!」


 そうやってイリュオスを褒めそやす将軍の台詞に、一部の士官たちが「そうだそうだ!」と賛同の声を上げる。


「ありがとうございます」

「ほれほれ、さっさと飲まんか。この戦一番の功労者が遠慮してどうする。そうこうしている内にこの老いぼれが飲み干してしまうぞ」

「ははっ……。では、遠慮なく」


 そう言うと、イリュオスは酒瓶を傾け、豪快にラッパ飲みをしている将軍につられるように手に持っている盃に注がれた酒を飲み干した。


「……して、其方は如何(いか)にしてあの短期間で中和魔法を身に着けたのだ?実に見事なものであったぞ?」

「いえ。大したことではありませんよ。元々、(わたし)にはその際が備わっていたらしく、エリザ殿に教えを請い、密かに自分でも腕を磨いていたのです。まぁ、まさか先日の小競り合いの時まではあれ程の巨大な魔力を中和してしまえるほどの力はないだろうと思っていたので、気が付いた時には自分が生きていることに自分で驚きましたが……。とにかく、あの時は咄嗟でしたし、体内の魔力が底ついていて死にかけました。おかげで回復には少々時間がかかりましたよ」


 新たに注がれた酒の透明な水面に映る自分と目を合わせながら、イリュオスは満足に動くことが出来ず、食事すら自分で取ることも出来なかった自分に、エリザが何から何まで甲斐甲斐しく面倒を見てくれたことを思い出し、内心でクスリと苦笑を漏らした。


「なるほど。だがしかし、其方はあれから一体どのようにして戦場に舞い戻ったのだ?其方一人であの数を集められるとはとても思えん」

「それもエリザ殿のお力をお借りしました。彼女は戦場跡から意識を失った(わたし)を救い出し、手厚く介護をしてくださった上に王都と連絡を取り、援軍を要請してくださいましたし、他にも彼女が馬たちに早駆けの魔法をかけて下さったおかげで我々は何とか今日の戦に間に合わすことが出来ました。ですから、今回一番の功労者は私ではなくエリザ殿と言うべきでしょうね」

「エリザ殿が……。確かに、彼女のお力添えがあったのだというのなら全て納得がいくな」


 話を聞いてようやく納得がいった将軍はまた酒瓶を傾け、グビグビと喉を鳴らしながら浴びるような勢いで酒を飲んだ。とそこへ見張りの一人が息せき切って宴会場に駆け込んできた。


「失礼しますっ!たった今、王都からエリザ様がお見えになられました!」

「何っ!?」


 突然の来客に、その場の空気が戸惑いと驚きでどよめく。将軍も驚愕の声を上げて腰を上げかけていたが、その隣に座っているイリュオスの驚きはそれを上回るものだった。


(エリザが……?一体、どうして……)


 信じられない思いで垂れ幕の入り口に目を向けると、そこには案内役の見張りの後ろについて歩きながら将軍席へと真っ直ぐに向かってくる、深い青のローブを身に纏った一人の美しい女性がいた。


「エリ……ザ……?」


 イリュオスはまるで催眠にでもかかったかのようにフラリと立ち上がり、「イリュオス?」と彼の動揺ぶりに戸惑いの声を上げる将軍の声すら耳に届いていない様子で席から降りた。そしてそのまま将軍席を取り囲んで酒盛りに興じていた兵士達の合間を縫うようにして覚束ない足取りで彼女(エリザ)の元へと歩み寄る。


「イリュオス様っ……!」


 自分の方へ向かって歩み寄ってくるイリュオスの姿を確認したその女性(エリザ)は、空に浮かぶ星々のように美しく輝く可憐な薄紫色(ラベンダー)の瞳に喜びに光らせ、タッとその場を駆け出した。


「イリュオス様―――――!」

「エリザ、どうして君がここに……どわっ!?」


 勢いよく己の胸に飛び込んできたエリザの細く、か弱げな体を何とか抱き留め、体勢を立て直しつつイリュオスは驚きに目を見開いたまま尋ねる。


「お会いしとうございました!お怪我はございませんか!?」

「あ、あぁ……。エ、エリザ、ちょっと、その……少し、離れてはくれないか?ほら、人目もあることだし……」

「あ……。もっ、申し訳ありません!!」


 羞恥に顔をゆでだこの様に真っ赤にさせながら蚊の鳴くような弱々しい声でしどろもどろにエリザに頼むと、ハッと我に返ったエリザは慌ててイリュオスから離れ、イリュオスと同様、カッと頬を熟れたリンゴの様に真っ赤に染上げた。その愛らしい姿に、イリュオスは思わず一瞬軽い眩暈を覚える。

 先程のように頬を桜のような薄紅色に染め上げ、瞳に喜色を浮かべて己を見上げる姿もなかなか可愛らしいが、これはこれで可愛い。


(いやっ、待て待て!今は人目があることを忘れるな―――!)


 思わず目の前の恋人との甘い空間に浸りそうになる自分を叱咤して気まずげに周囲を見回すと、案の定、将軍もその他の兵士達も(みな)各々(おのおの)の反応を見せていた。

 初々しい二人のピンク色の雰囲気を目の当たりにし、頬を薄紅色に染めてさりげなく、気まずそうに視線を反らす者。はたまた遠慮なく二人を眺め回し、ニヤニヤとからかうようにいやらしい笑みを浮かべている者。将軍であり、上司であるイリュオスに遠慮して無理矢理神妙な表情を取り繕っている者……。まさに十人十色だ。


 あまりの恥ずかしさに、イリュオスもエリザもさらに顔を真っ赤にさせ、全身から湯気が立ち上りそうなほどだ。


「…………」


 そんな中、対応に困り、黙りこくってしまった二人に救い神の御手を差し出したのはセレンディウヌ将軍だった。


「うおっほん……。えー……うむ、その、あれだな。よし、(みな)も疲れているであろう。明日の明朝には王都へ出立だ。今宵はこれでお開きにして明日に備えるとよい。エリザ殿、はるばる王都からこのような荒野によくぞお越しくださいました。ですが今宵はもう遅い。用件があれば後で儂かイリュオスにお伝えくださり、貴方様ももうお休みになられてはいかがでしょうか?大したもてなしもなく、申し訳ない」

「はっ、で、ではそのように手配を!」

「ご、ご迷惑をおかけしてます……」


 流石は人生経験が違うというべきか、さして動じる様子もなくにこやかに天からの慈悲を差し伸べてくれた将軍に心の内で何度も何度も感謝の言葉を述べつつ拝み倒しながら、外面では何とか威厳を保った無表情で敬礼を済ませると、テキパキと手際よく補佐官や士官たちに指示を出し始めた。


(あぁ……視線が痛い……)


 何人かの兵士達の目にからかいの色が映っているのを見て取り、指示を出しながら内心苦虫を潰すも、最早後の祭りである。


「うむ、それとイリュオス。予備の天幕がない。よってエリザ殿には其方の天幕に案内して差し上げなさい。エリザ殿も、それでよろしいですかな?」

「そっ、そそそそそそそそそそうですね!えっと―、ご、ご迷惑でなければ是非お願いします!」

「お、お気遣い、感謝いたします!」


 * * * * * *


「突然に申し訳ございません……。やっぱり、ご迷惑ですよね……」


 そう言って簡素ながらもしっかりと寒さを凌ぐことが出来る厚手の毛布を下半身にかけ、上半身のみを起こした状態で兵たちの中で比較的エリザの身長に近い小柄な者から夜着を拝借し、それを着用しているエリザがしょんぼりと俯いた。


「気にするな。この戦は君のお蔭で勝てたようなものだ。誰も君のことを煩わしく思ったりなんかしないさ」

と、エリザと同じく夜着に着替えているイリュオスは小さくなっているエリザに優しく微笑みかけながら隣に敷かれている自らの毛布の上に胡坐を掻いた。


「ありがとうございます」


 優しい言葉に一安心したのか、イリュオスの優し気な笑みにつられてエリザもクスリと愛らしい笑みを返す。


「それで、どうして君がここに来たんだ?共の者を連れずに来たということは、またこっそり王宮を抜け出して来たんだろう?幾ら君が優れた魔導士だからと言っても、女一人では(みんな)が心配するだろうに……。帰ってたらまた御父君に叱られてしまうぞ?」


 イリュオスの本音としてはこの男所帯のむさ苦しい空気の中に清々しい風が吹き込んで来たようで癒されるため、彼女の来訪は大歓迎なのだが、エリザは女でしかもここは戦場だ。勝敗は決まったからと言って安全になった訳でもないし、全体的に見て完全にランディ―ア王国との戦争が終結したわけではない。いつ敵襲が来てもおかしくはない状態なのだ。


「うぅ……。ですよねぇ……。でも、もしまたイリュオス様がお怪我をなされていたらと思うと、やっぱりいてもたってもいられなくて……つい……」

「エリザ……」


 イタズラが見つかって叱責を受けている時の子供の様に首を竦め、サクランボのような淡い赤色をした唇を尖らせている彼女の子供っぽくて、でもどこか大人の女性特有の妖艶さを含んでいるその仕草に、イリュオスの心臓はドクンと脈打つ。

 すると、彼の右手は知らず知らずのうちに勝手に動き出し、僅かにでも力を込めてしまえばあっさりと折れてしまいそうなほど小柄なエリザの体を、自らの胸に抱き寄せた。


「イ、イリュオス様っ!?」


 驚きの声を上げ、恥ずかしさに頬を桃色に染めながら慌ててイリュオスから離れようと彼の鍛え上げられた分厚い胸板を突っぱねるエリザに構わず、イリュオスはそれに追い打ちをかけるように、さらにもう片方の腕で彼女の小さな体を抱きしめる。


「心配するな。俺は死なない。俺は英雄(マルス)なんだ。それに、生きて君の元へ帰ると決めている。そしてこれからもずっと、君の傍にいると約束するし、君を守り、愛し続ける」

「……イリュオス様……」


 初めは人目がないにもかかわらず、恥ずかしくてイリュオスの熱い抱擁に僅かながらの抵抗を見せていたエリザだったが、そんな彼女も、イリュオスの告白に胸を打たれている間に、いつしか彼女自身からも両手を彼の逞しい背中に回し、力を込めて抱き締め返していた。そして愛おしい恋人(イリュオス)の顔を良く見ようと上を向くと、彼もまた彼女を愛おしそうに夜空のように深い青色(ラピスラズリ)をした瞳を細めながら彼女を見下ろしていた。


「わ、(わたし)も、貴方様をずっと……ずっとお慕いすると約束します……!」

「……あぁ!約束だ!」


 二人の熱い視線が絡み合う中、先程まで雲に覆われていた満月が漸く顔を出し、まるで愛し合う二人を静かながらに祝福するかのように照らし出した。そして、どちらからともつかず、二人はそっと互いの唇を重ね合わせた……。



三巻に続く

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