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色付いた世界  作者: 智遊
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会話のジレンマ

「御機嫌よう、フィネール様」


少し低い女性の声がしてフィネールは足を止めた。聞きなれた耳に馴染むその声は、二日前にフィネールが婚約を破棄したサリーアのものだったからだ。

あまり声を聞くことはなかったが、それでも彼にとっては胸をしめつけられるものがある。自分で婚約を破棄したというのにだ。


「久しぶり……ではないか。御機嫌よう、サリーア。……ではなく、ウェントラル侯爵令嬢。難しいですね、しばらくは君の名を呼んでしまう失礼を許してほしい」

「結構です。あたくしも名を呼んでしまいましたし」


素っ気ない言葉にフィネールの胸は痛んだ。婚約していた頃には感じなかったが、自分のものでなくなった途端にこれである。


「父と侯爵には手紙を書いておきました。俺の身勝手で申し訳ないと。ですが、次の休みに帰ってきて説明しろと言われましたので一度帰ってきます」

「そう。父がそう言っておりましたの?」

「ええ。さりー……侯爵になにか言われましたか?」


また名前を呼んでしまいそうになり意図的にその部分わ排除する。名前を呼ぶ資格がないことに嘆く自分が心底嫌になる。


「即座にウェントラル侯爵家を継げるものを手に入れろ、と。場合によってはお前と私が持てる全てのものを使え、と言ってました」

「持てる全てのもの?」


ウェントラル侯爵家は公爵家すら及ばないほどの金と権力、そして地盤がある。その全てを使って囲い込めば王家ですら落とすことができるだろう。そして、フィリップ王子は次男だ。王太子は既に妃を娶り、2歳になる王子がいる。


「アリアとフィリップ王子を引き裂く気ではないでしょうね」

「何故今そうなったのか聞きたいわね」


気だるげに言うサリーアに少しホッとした。


「俺が言うのも何ですが、あまり婚約者のいる男は選ばないでください」

「それは心配いらないわね」


珍しく続いた会話に少し感動しつつサリーアを見ると、サリーアは少し俯きぎみにそして仄かに微笑んだ。


「あたくしが知る限り、決まった相手はいらっしゃらないもの」


その言葉にフィネールの目の前は真っ赤になった。


「既に相手がいると言うのですか⁉︎誰ですか!……あ」


思わずサリーアの両肩を掴んで問いただしてしまい、バチっと目があう。と、サリーアの身体から力が抜けた。


「サリーアっ‼︎」


サリーアの身体を受け止め、名を叫んだ。


「大丈夫ですわ、少し眩暈が。ああ、足に力がはいりません」


考える余地はなかった。フィネールはすぐさまサリーアを抱える。踝まである長いスカートを巻き込んで抱え、急いで歩き出した。


「フィネール様?」

「貴女の部屋までお送りします。少し苦しいでしょうが我慢してください。体調が悪かったのですか?」

「ええ、少し」


それはいけないとフィネールは早足で女子寮へ急ぐ。本来ならば医務室に運ぶところだが、彼女はウェントラル侯爵令嬢。疚しい事を考える人はいくらでもいる。フィネールは文官肌ではあるが鍛えてないわけではない。女性一人、抱えることくらいできた。まあ、明日は筋肉痛であろうが。


心配そうな周りの目を無視し女子寮に入り、最上階のサリーアの部屋までスロープで登っていく。

本来なら男性の入寮は厳禁なのだが、緊急の時のみ許される事がある。今回は、すぐに寮母さんが通してくれ難なく入る事ができた。

サリーアの部屋の前まで行くと、ライナという侍女が扉をあけて待ってくれており、そのままベッドまで連れて行き、そっと横たわらせる。


「お嬢様……フィネール様、お医者様を手配して参ります。他の侍女たちは出払っておりまして、申し訳ございませんが、お嬢様のお傍についていて頂けませんか?」

「わかった。早く呼んできなさい」


ライナは一礼をして部屋を出て行く。

ところで、もし、フィネールがサリーアの体調不良で動揺していなければ気づいていただろう。

サリーアには常に護衛兼侍女が侍っていたはずのことを。主人が学校に行っているとはいえ四人中三人の侍女が出払ってる、そんなわけがないことに。

だから、追打ちにフィネールは対応出来なかった。

大丈夫かと思い、熱を測ろうと手を伸ばすとサリーアにその手をひかれた。


「フィネール様」


潤んだ瞳、紡ぐ唇。


「……寒いの」


潤んだ瞳、紡ぐ唇。


雷に撃たれたような衝撃だった。手を伸ばせば手に入れられる。

幸いに今は誰もいない。惚れた女の弱々しい言葉にグラッと理性が揺らいだ。


「サリーア……」

「フィネール様……」


距離が近づいていく、ことはなかった。

パッとフィネールは飛びのいて。


「……も、毛布を取りに行ってきます!」


大慌てで踵を返し、大急ぎで扉に向かった。

扉を勢いよくあけ、そのまま外に出ようとしてそして外から胸を押され部屋の中に戻る。

ハッと顔をあげると、そこには薄っすら微笑んだフィリップ王子がいた。その笑顔には激しい怒りが感じられる。


「おう……じ」


フィリップ王子は後手に扉を閉めてそして言った。


「ちょっと話し合おうか、フィネール。さすがにウェントラル侯爵令嬢が可哀想になってきたし、お前鈍いだろ」

「は?」



「今のは完全にいただきますするところだろう!頑張った彼女に失礼だ!」


フィネールはもう一度、は?と答え。フィリップはいい加減にしろ!とのたまった。

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