お茶会
いくつかのサロンが集まる別棟。その部屋の一つにアリアはいた。
「紅茶よーし!美味しいケーキでしょ?マカロンでしょ?お花は一輪だけのカキツバタ。部屋も落ち着いてる!あとなにが足りない⁉︎ふぅー」
アリアは大きく深呼吸して緊張をやり過ごしているが、もしここにフィリップ王子がいたらお前の平常心が足りないよ、と言われていただろう。そのフィリップ王子も先ほどまで侍女を連れてお茶会の準備を手伝ってくれていた。
一対一とはいえ、貴族式のお茶会を開くのは初めてでこんなものでいいのかアリアにはわからなかった。それなので今や恋人に昇格したフィリップ王子とその侍女に色々手伝ってもらったわけだ。
本来なら侍女がやる仕事もなにしろ彼女には侍女がいない。アリアは全てを自分でやらなければいけないというのに、そんなところで甘やかす王子は存在しなかった。
「持っていないものはしょうがないね。手伝ってはあげるけれどあくまで手伝うだけだ。あとは自分でなんとかしなさい」
「あー、ケチ!その時くらい侍女さん貸してくれたって良いじゃない!初めてのことなのに自分の彼女が失敗したらどうするつもり⁉︎」
「その時は指差して笑うよ。持ってないものを嘆くよりも侍女の仕事も主人の仕事も覚えてみたらどう?君が言い出したことだろう?君がやりなさい」
とかいうやり取りがあったりしたが、概ねちゃんとできた気がする。あとは、相手が来てからだ。時間的に……
コンコン
静かなノックの音。しかし、ハッキリ聞こえたその音にアリアは飛び上がった。待って!早くない?早くない!時間ピッタリ!キャー!席に座らなきゃ!と、時計を確認すると真っ青になりながら大急ぎで下座の椅子に腰掛ける。
勘違いはしてはいけない。王子が彼氏であろうとあたしはあたし!階級はこの学園では一番下なのだから。
「はいっ!」
返事の声は緊張のあまり、ワントーン以上も上がってしまった。変に思われなかっただろうか。
「ウェントラル侯爵令嬢でございます」
「お入りくださいませ!」
侍女なのだろう、サリーアとは違う通る声が聞こえてアリアも応えた。本来ならばこの返事も侍女の仕事だが、割愛。
扉が開き二人分の人影が見え、侍女が傍に避けたのを確認して立ち上がる。
「ようこそお越しくださいました、サリーア様。お越しいただいてとても嬉しく思います」
「お招きありがとう、アリア様。とても雰囲気がよろしいのね、落ち着けるわ」
アリアよりも少し低い声でそう言うと、少し口元を綻ばせた。
「いえ、皆さんのように豪華にはできませんでしたけれど……あ、お茶をどうぞ!」
「……ライナ」
「いえいえ!ここはあたしに淹れさせてください!」
アリアが茶器に手を伸ばすのを見てサリーアが侍女を呼ぶが制するとこちらに歩きかけていた侍女がドア間近の壁に戻った。
カップに紅茶を注ぐとフワッと香りが漂う。
「ローズヒップ。直轄領ナデスのものかしら」
「はい。フィリップ王子に頂きました」
「でしょうね。でも、下賜されたものの御相伴に与れるなど……」
香りを嗅いで、口をつけてから産地を当てて見せたサリーアは唐突にカップを置いて右手をコメカミに当てた。
「どうしま」
「違うの、違うのよ」
「は?」
「貴女が王子とお付き合いなさってるからとか、貴女が庶民だからとかそういう意味ではないの。ナデスのローズヒップなんて王宮以外で見る機会なんてないから」
「あ、はい。わかってますよ。あとサリーア様が口下手でそれを異常に気になさってることも知ってます」
「い……じょう」
「だから学園でも必要以上に喋らないんですよね。口を開かないようにするために表情も動かない。あ、どうぞ。ケーキです」
ニコニコとケーキを渡すとサリーアは大人しく受け取り、一口食べる。甘いスイーツにまたサリーアの表情も綻んだ。
アリアとサリーアに接点はほとんどない。クラスが違えば、被る教科もなく、アリアとサリーアは時たますれ違うくらいであった。
しかし、その関係が変わったのはひと月前のことだった。
シュレイツ公爵令嬢と確執が続いていた頃、シュレイツ公爵令嬢の取り巻きたちに追いかけられたことがあった。その時に、今日いるライナとは別の侍女に助けられ、外で一人読書をしていたサリーアのテーブルクロスの中に隠れることで難を逃れることができた。
その時シュレイツ公爵令嬢に告げた興味無さげの「そのアリアって子は、あたくしの読書タイムより大切な方でして?」はアリアにとって救世主だった。
ただその後テーブルクロスから這い出てきたアリアに「汚らしい」はショックだったが。後から侍女が土が至る所についてるからと整えてくれて、そのことを言っていたのだと知ったのだけど。
そういう出会いからアリアは度々、サリーアの一人茶会にお邪魔するようになっていた。招かれてはいない。お邪魔しているのだ。最初の頃こそ本を読んで無視をされていたが、アリアが一人で話しているとポツポツと返事をしてくれるようになっていた。本はずっと読んだままだったが。
「えへへへ。あたしの初めてのお茶会のお客様がサリーア様で嬉しいですー」
「そう」
素っ気ない返事。表情も無くなっているのだが、顔にうっすら朱が混じっていることにアリアは嬉しくなった。サリーアは態度にこそ出さないが、仕草で教えてくれるのだ。その仕草が可愛い。
と、そこで唐突に思い出したことがあった。
アリア。サリーアとお茶会をするのなら、お茶は熱過ぎないようにするといいですよ。彼女は、あまり熱いお茶は好まないようなので。
フィリップ王子の右腕とも言えるフィネールからの言葉だ。そして、サリーアの元婚約者。
一つ言うなら、昨日そう言われていたのだがすっかり記憶の彼方に追いやって忘れていた。そう。今サリーアに出したお茶は熱々なのだ。
「あ。サリーア様。飲みにくくありませんでした?」
「……なぜ?」
「サリーア様って熱いお茶はお好きではないのですよね?」
サリーアがアリアを見つめて首を傾げる。そして何かを思い出したように、ああ。と言った。
「フィネール様が仰ったの」
疑問系ではなく、断定だった。
「はい」
「そうね。でも、美味しいわ。香りもいいし」
大丈夫だったようで、アリアはホッとした。しかし、あれ?と、思い出す。アリアが出されたお茶が冷めていたことは一度もない。
「でも一つ言うならアリア様」
「なんですか?」
「失恋を慰めるために淹れるお茶ではないと思うの、ローズヒップは。普通、カモミールなどをチョイスすると思わない?」
「へ?」
「ローズヒップは美肌とかには効果があるけれど……」
なにか重大なことを聞いてしまった。
「失恋、ですか?」
「……婚約を破棄されたことを貴女が知らないことはないわよ、ね?」
それはアリアだって知っている。昨日フィネールが泣き泣き王宮への書状を書き上げてフィリップに渡していた。が、しかしだ。失恋?失恋というのは相手に好意を持っていてそれが破れたときのことを言うのだ。昨日のフィネールのように。
「失恋……ってことは、サリーア様、フィネール様のことお好きだったんですか?」
「……貴女、何のためにあたくしをお茶会に招いてくださったの?」
「そりゃ、フィネール様について探りを入れようとは思ってましたけど……思ってましたけどっ!」
じゃあ何でこの二人は別れたんだ!アリアはそのツッコミだけは心の中で叫んでおいた。