フィネールの友人
「おい、フィネール。書くなら早く書いてくれ」
「今日の今で無理やり書かそうとするなんて、あんた鬼ですね。ちょっとくらい傷心に浸らせてください」
「おいおいフィネール。仕事が早いのがお前の持ち味じゃなかったのかい」
学生会室でそんなやり取りをしているのは、この国の第二王子・フィリップ王子とフィネールである。
第一王子と同様正妃腹のフィリップ王子は、王位争いとは無縁で将来王位を継ぐ兄王太子の右腕になるために日々邁進していた。この度、平民ではあるがアリアという女子学生と恋仲になった。紆余曲折はあったものの、アリアという有能で男女ともに惹きつけてやまない女性を手に入れたことをフィリップ王子はとても満足している。
ただ、男女ともに惹きつけてやまないということは、恋敵が多くて気を抜けないというのが玉に瑕だが。
そんな中、恋敵なのかどうなのかわからない、だがアリアが気を許している男が婚約を破棄してきた。
婚約を破棄したということは、フィネールの実家・ネスター侯爵家はもちろん、サリーアの生家ウェントラル侯爵家に婚約を了承した王宮に婚約破棄を認めてもらわなければならない。
当然、両家からは猛反発が予想されるため、フィリップが一筆書いて宥めようとする算段だった。
が。
フィネールがその手紙を書き上げない、書き上げない。
いや、両家の手紙は既に書いてフィリップが封蝋までしたのだ。問題は一番必要な王宮のそれ。
両家への手紙がなくても王宮に破棄が認められれば破棄になる一番必要なそれがフィネールのところで止まってフィリップの手元に来ないのだ。
「フィネール、後悔しているのかい?」
「お疲れ様でーす!ん?あれ?空気読むべきでした?」
フィネールの肩にフィリップが手を置いた瞬間、学生会室の扉が開いて女子生徒が入ってきた。そして機敏に二人に近づいてフィネールの肩に置いてあるフィリップの手を抓る。
「アリア……痛いなあ、なにするんだ」
「隙を見てフィネール様にセクハラするの止めてくれませんかね、会長」
「フィネールは男だぞ?アリアのような妖精ならともかくなんでフィネールのような……」
「フィネール様のプラチナの髪が好きで触りたくてしょうがないんですよね。王太子様と仲良くお話してましたもんね」
ガタガタっと椅子ごとフィネールが後ずさる。顔が青ざめているところから初耳だったのだろう。こういう人間味が出てきたフィネールにフィリップは安心した。
幼い頃に学友として連れてこられて以来、フィリップはフィネールのこういう生きている表情を見たことはなかった。それがアリアと知り合い、生きているということを知ってようやく人間味を知っていったのだ。
友としてこれほど嬉しいことはない。だからこそ、アリアが気を許してることを知りながらも婚約破棄を許したのだ。
「ちょっと待ちなさい、アリア。それは兄上の話で私じゃない。というか、いつ聞いてたんだそんな話」
「王子……いつってことはそんな話をいつもしてるんですか……」
「王太子様に至っては、王位を継いだら勅命で触ろうって仰ってました!」
「そんなことに勅命なんかつかってどうするんですか兄上!」
「フィネール様、顔色が悪いですけれど大丈夫ですか?」
「アリア、今のその話の流れでフィネールの顔色がよかったら私はそっちにひくよ?アリア」
疲れたようにフィリップがアリアを止めると、すまないねとフィネールに声をかけた。
「いえ、今の俺にアリアの明るさは有難いですから」
「フィネール様どうしたんですか?とても悲しそうです」
アリアの問いに少し沈黙がおりた。
「ウェントラル侯爵令嬢と婚約を破棄してきました」
「へ?婚約……破棄?」
確かに先日のアリアをめぐる騒動で学生会のメンバーが何人も婚約破棄となった。しかし、騒動に加わってないサリーアと何故婚約破棄となったのか。
「俺が耐えれなくなっただけです。アリアのせいじゃない。彼女の周りに流されない強さは美徳ですが、俺には耐えられなかった、ただそれだけです」
「さ……サリーア様はなんて?」
「ウェントラル侯爵令嬢は俺が人形であろうとなかろうと興味がないそうです」
「なんの話をしたらそうなったんですか?」
「君らはどうやったら婚約破棄からそんな話のながれになったんだい」
二人は、同じ意味のことを同時に呆れながら言った。
「つまりは俺自身に興味はないってことですよ」
頭に手をやって苦笑いしながら続ける。
「それでも俺は、彼女を愛してたんですよ」
「じゃあなんでお前は彼女を逃したんだよ。婚約者というのはどんな相手が現れても良い武器だろうに」
馬鹿な奴だ、とポンっとフィネールの頭に手を置くとすかさずアリアに何故か払われる。
その光景にフィネールは少し笑い。
「俺の無色な世界を色づけてくれたのはアリア、君でした。サリーアも何も興味のないこの世界で、彼女の世界も色づいてほしいと思ったんです。そこに俺はいてはいけない。俺ではダメなんです」
俺じゃ色付けてあげることはできないんです。と苦しそうに言った。