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第三話・2 神楽坂代理認定 後編

「なんでお前が夜ヶ峰先輩と一緒にいるんだよ!」


 流矢は藍里の姿をした僕を見るなり、喰ってかかる。


「待ちなよ、香澄。私が彼女をここに呼んだんだ」

「え!? なんでですか?」


 なんだなんだ?

 この二人、知り合いなのか?


「ああ、紹介するよ。彼は流矢 香澄。君と同じ一年生だよ。ああ、もう知っているのかな?」

「は、はい。今日、廊下で会いました」

「先輩、こんなおかしな女と関わらない方がいいっすよ!」


 流矢は相変わらず歯に衣着せぬ物言いをする。

 正直言って、あまりいい気分ではない。……まして、自分と同じ顔の男に罵倒されるのだから余計に。


「そう言うなよ。彼女は、いや彼氏サンは私の『能力』をあてにしてきたんだ」

「せ、先輩! 『能力』のことを話したんですか!?」


 ん? 流矢は先輩の『能力』を知っているのか?


「そうだね、彼氏サン。香澄は私の『能力』を知っている。彼にも事情を話しても大丈夫だよ」


 ……僕としては、流矢が信用するに値するかはわからない。

 だけど、このまま手をこまねいているわけにはいかない。今は猫の手も借りたい状況だ。

 僕は流矢にも事情を話すことにした。

 それと同時に、二人に僕と藍里の現在の状況も説明した。



「お、お前本当に二重人格だっていうのか!?」


 話を聞いた流矢は目を見開いて驚愕の表情を浮かべた。


「……僕と藍里は元々は別の人間だ。これが二重人格と言えるかはわからないが、とりあえずはそういう認識でいてくれ」


 まあ、一人の人間に二つの人格が宿っていたら、それは二重人格でいいのかもしれないが。


「とりあえず、夜ヶ峰先輩の知り合いなら信じるよ。それで、お前……ええと」

「栄町だ。今は藍里は眠っている」

「お、おう、栄町はその神楽坂の体から出たいんだな?」

「そう、そしてその方法を夜ヶ峰先輩に相談しに来たんだ」


 僕は改めて夜ヶ峰先輩に向き直る。


「先輩、なにかその方法に心当たりはありますか!?」


 だが、僕の質問に先輩は申し訳なさそうに対応した。


「残念だけど、私が『能力』を身につけたのは三ヶ月前のことだ。だからこの『能力』については詳しく知らないし、君がその体から出る方法もわからない」

「そんな……何か、どんな些細なヒントでもいいんです!」

「そうだね、私も二ヶ月前までは『能力』を色々試していたよ。それで気づいたことがいくつかある」

「そ、それは!?」


「この『能力』はそこまで万能ではない」


「……え?」

「まず、意識にリンクするといっても、同時に複数の相手には使えないし、射程距離もせいぜい4mといったところだ」

「なるほど……」

「そして正直言って、私は今疑っているんだ。本当に新入生と私の『能力』が同じなのかを。私は何回か『能力』を使ったが、他人の意識とリンクは出来ても他人に命令を下したり意識を移したりは出来なかった」

「そうなんですか?」

「さらにだ、長時間意識をリンクさせると自分と他人の境界線が無くなるかのような感覚に襲われるんだ」

「えっと、どういうことですか?」

「新入生が君に『能力』を使ったのならわかると思うが、意識をリンクさせると双方に相手の思考が流れ込んでくる。だが、その状態を長時間続けると他人の思考や意識が自分の中に流れ込み過ぎて、自分を見失ってしまう可能性がある」

「つまり、自分が自分でなくなってしまうと?」

「あくまで私の推測だよ。でも、可能性は高いと思う」


 あの『能力』はそんなに危険なものだったのか。

 いや、待てよ。


「ですが、藍里は『能力』で僕と意識を長時間共有した後に分離することに成功しています。こうして藍里の体の中に僕と藍里の二つの人格が存在しているのがその証拠です」

「そう、そこなんだ。新入生は君の意識を自分の中に移した。だけどこの『能力』でそれが可能なのかが疑問なんだ」

「そういえば、藍里は『能力』が第二段階に進んだと言っていました。そのことが関係あるのでしょうか?」

「第二段階?」

「はい、他人の潜在意識に介入できると……それで中倉さんを自殺させたとも言っていましたね」

「第二段階、ねえ……」


 夜ヶ峰先輩はどこか腑に落ちない様子だったが、話を戻す。


「いずれにせよ、私がこの『能力』を持って感じたことは、だ」


 そして、はっきりと言った。


「こんな『能力』は、あってはならない」


 藍里と同じ意見を。


「最初は便利な『能力』だと思ったが、人には立ち入られたくない領域がある。そしてこれはそれに立ち入ってしまう。だからあってはならないし、私はこの『能力』を捨て去りたい」

「先輩……」

「君に『能力』を使ったのは済まなかったと思っている。だが、私は二か月ぶりに『能力』を使ったのは単なる君への好奇心からではないんだ」

「え?」

「君のあの言葉がね、どうしてもあの人を……」


 先輩は天井を見上げて何かをこらえるようにしていた。


「先輩! あの人のことは先輩のせいじゃないですよ!」


 流矢が夜ヶ峰先輩を擁護する。

 そういえば……


「あの、先輩と流矢くんはどういった関係なんですか?」

「なんでお前に先輩との関係をさぐ……あいたっ!」


 先輩が流矢の頭を軽く叩く。


「香澄は同じ中学の後輩だよ」

「せ、先輩、俺は単なる後輩止まりですか……」

「そうだよ」

「うう……」


 ……どうやら、流矢は先輩に気があるらしいな。

 そうだ、僕は流矢についても興味がある。


「あの、ちょっと失礼なことを聞くけどさ」

「ああ? なんだよ?」

「なんか、見知らぬ親戚とかいる?」

「はあ!? なんだその質問? ストーカーかよ!?」

「ちょっと、これを見て欲しいんだ」


 そして僕は、藍里の携帯電話の中に入っていた僕と藍里のツーショット写真を見せた。


「なっ!?」

「な、なんだよこれ!? 俺が神楽坂と!?」


 二人が驚いている。どうやら、僕と流矢が似ているのは単なる気のせいではないらしい。


「香澄、新入生とは会ったことが?」

「今日が初めてですよ! こんな写真なんて取ったこともないっす!」

「結論から言う。これが本来の僕、『栄町 大護』の姿だ」

「なっ!? 俺とそっくり……いや、うりふたつじゃねえか!」


 流矢にとっても、自分が僕と似ているのは想定外のことのようだ。

 じゃあやはり、単なる他人の空似なのか?


「うーん、さすがに香澄が新入生と結託して私をだますなんてことはないだろうしねえ……」

「そんなことしないっすよ! おい栄町、俺と神楽坂は会ったこともないよな!?」

「ああ、それは保証する」


 この写真は間違いなく僕と藍里で撮ったものだし。


「確かに彼氏サンと香澄は似ている。でもね、君が交通事故に遭ったのは半年前のことだろう? 私と香澄はそれ以前からの付き合いだ。死体が動き出したなんてことはないよ」

「お、俺はゾンビじゃないっすよ!」

「わかっています。僕は自分の葬式にも出ましたから」


 うん、やはり僕と流矢が似ているのは単なる偶然のようだ。しかし、ここまで似ている人間がいるとは。


「さて、彼氏サンの顔には驚いたけど、それは本筋には関係は無いだろう。話を戻そうか」

「はい、ですが現時点ではこの体から抜け出す方法は無いと……」

「それなんだけどね」


 ここに来て、夜ヶ峰先輩が何かを思いついたように僕の言葉を遮る。


「君は自分の意志で人格が交代出来なかったり、長時間意識を失ったりすることがあるらしいね」

「はい、中倉さんの事件から一週間意識がありませんでした。その後も、流矢に会うまで意識がありませんでしたね」

「こうは考えられないか? 新入生の体が、君の人格を排除しようとしていると」

「え?」


 藍里の体が、僕を排除しようとしている?


「新入生が君という人格を自分の中に留めているということは、君は絶えず新入生の影響を受けることになる。逆に言えば、新入生も君の影響を受ける」

「はあ……わかるような、わからないような」

「だが、元々は新入生の体なのに君の人格や記憶があると、意識と肉体の間に何かしらの矛盾が生じてしまう。そうなると、肉体は何かしらの対処をしなければならない」

「だから、僕の人格を消そうとしていると?」

「君がこのまま、意識を失う時間が増えていけば、そうなるかもしれない」


 つまりこういうことか?


 僕が何もしなくても、ほうっておけば僕は藍里の体から消え去ることが出来る。


 確証はない、だけどこれは……


「よかった……希望が見えてきた」


 そう、紛れもなく希望だ。

 だが、そんな僕を流矢が眉をひそめながら見ていた。


「どうしたの?」

「いや……お前、何言ってんの?」

「何がだ?」

「何がじゃねえよ!」


 そして突然、掴みかかってきた。


「お前は怖くねえのかよ!? このままだと、お前は消えちまうんだぞ!」

「な、何を言っているんだ? 僕の目的はこの体から出ることだって言ったろ?」

「俺はお前がその体から出た後のことも考えていると思ってたんだよ! なのに、お前は自分が消えることが希望だと言いやがった! こんなことがあるか!?」

「藍里にとって、僕の存在はマイナスなんだ! だから、僕が消えた方がいいんだ!」

「それがわからねえんだよ! お前の人生はどうなるんだよ!」


 僕の人生? そんなものはもう終わっている。それに拘る必要などない。


「おかしいよお前……まるで、お前は神楽坂のためだけに存在しているみたいじゃねえか……」


 なんだ? 流矢は何でこんなに怒っているんだ?


「香澄、落ち着け。済まないね彼氏サン。香澄は人の死に敏感なんだ」


 人の死に敏感。なるほど、それで狼狽えたのか。


「とりあえず、今日はもう帰ろうか」

「……はい」


 そして、僕たち三人は学校に出た。


「それじゃまた、明日」


 途中で夜ヶ峰先輩と別れ、流矢と二人になる。


「……栄町」


 無言だった流矢が突然口を開いた。


「俺は、自分が間違っているとは思ってねえ。むしろ「消えてもいい」なんて考えているお前が理解できねえ」

「……そうか」

「夜ヶ峰先輩だってそう思っているはずだ。あの人は、大切な人を失っているんだ」

「え?」

「あの人が『能力』を身に着けた一か月後のことだ。先輩の彼氏が『能力』に気づいて先輩を恐れるようになった」

「……!」

「そして、その彼氏は先輩に心を覗かれているという恐怖に耐えきれずに自殺した。自殺する直前に言ったそうだ。『俺はお前のために生きているんじゃない』って」

「……」

「俺はその後、『能力』について先輩から相談を受けた。そしてこう言ったんだ。『俺は本心しか言わないから、心を読まれても大して変わらないっすよ』」

「……本心?」

「俺は思ったことを言ってしまうタイプなんだよ」


 確かに。流矢は結構、言葉を選ぶのが苦手なようだ。


「それから先輩は、俺と行動することが多くなった。

先輩も立ち直ったように見えるけど、まだ彼氏の死を引きずっているはずだ」



 それで、流矢と先輩は人の死に敏感なのか。


「だから栄町、先輩が言うからお前には協力する。だけど、お前のその考えには賛同できねえ」

「それで、いい」

「……じゃあ、俺はここを曲がるから。またな」


 そう言って、流矢と僕は別れた。



 その夜。


『……大護さん』

「藍里! 気が付いたか!」


 自室に入った後、藍里が声を掛けてきた。よかった……とりあえず、藍里は無事なようだ。


『ええ、実は結構前から意識は戻っていましたが』

「え?」


 意識は戻っていた?

 まさか、先輩や流矢との話を聞かれたか!?


『大丈夫ですよ、大護さん。私もあなたがこの体から出られるように協力します』

「……なに?」


 藍里が、僕が出られるように協力する?

 どういうことだ? 僕への依存が無くなったのか?


『ええ、ちょうどいい『器』も見つかったことですし。大護さんが無事なうちに移しましょう』


 なんだなんだ?

 藍里は何を言っているんだ? 『器』?


「えーと、話が見えてこないんだけど」

『どうしたのですか? 大護さんも見ましたよね、新たな肉体にふさわしい『器』を』


 ……ちょっと待て。

 まさか、まさか、まさか!


『あの男、流矢と言いましたか? あんな偽物が大護さんの姿をしているなんて許せません。いますぐ人格を抹殺して、大護さんをそこに移しましょう』


 まさか藍里は――


 流矢の体に、僕の人格を移し替えるつもりなのか!?


『本当によかったです、あんなにそっくりな『器』が見つかるなんて。これで大護さんも、ちゃんと本来の姿で人生を送ることが出来ます。そうしたら……』


 まずい、まずいぞこれは!


『二人で素敵な結婚式を挙げましょうね』



第三話 完

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