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最終話 神楽坂第三段階

最終話 神楽坂第三段階


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「せ、先輩、そんなの俺がやりますって!」

「いいんだ香澄。私がこうしたいんだよ」


 私は今、香澄の病室でりんごを剥いている。

 彼は私に寝ているように忠告していたが、どうしても私は彼の世話を焼きたかった。


「せ、先輩が俺のためにりんごを剥いてくれている……か、感激です!」

「ああ、このりんごだが、青森から直送されたブランド品だ。支払いは頼んだよ」

「え、ええ!? 金取るんですか!?」

「私がタダでこんなことをすると思ったのかい?」

「せ、せんぱーい……」


 情けない顔をする香澄だが、りんごの代金はすでに払っている。ただ彼をからかいたかっただけだ。

 ……しかしまさか、この男があの新入生に勝利するとはね。

 私もまだまだ、人を見る目が無いようだ。『能力』はもう使えないのだから、洞察力を磨かなければ。


 私が刺された事件から三日後のことだった。足から血を流した香澄が病院にやってきたのは。


「あ、あなたどうしたんですか!?」

「し、心配ないっすよ、かすり傷です」

「そんなわけないでしょう! 今すぐ治療します!」

「ま、待ってください。せめて伝言を頼ませてください」

「え?」


「『夜ヶ峰先輩、俺は勝ちましたよ』」


 医者からその言葉を聞いた私は、思わず起き上った。

 腹部に痛みが走り医者に咎められたが、そんな言葉は私には聞こえなかった。


 勝った。香澄は新入生に勝った。


 香澄は……死なずに済んだんだ。そして新入生も。


 その事実を頭の中で反芻する。


「……良かった。本当に良かった」


 私は刺されて意識を失う瞬間、新入生と彼氏サンが元は一つの人格だということに気づいた。

 だけどそれに気づいても、私にはどうにもできなかった。この傷ではしばらくは動けないし、例え動けたとしても私では新入生に対抗できなかった。


 そして恐れた。香澄、そして神楽坂 藍里の両方が破滅することを。


 もし香澄が敗北していたら、彼の人格は壊れ、さらに新入生もすでに存在しない彼氏サンの幻影に縋りついたままになってしまっただろう。

 誰も救われない、誰も望まない結末になっただろう。

 だが香澄は勝利した。そしておそらくは神楽坂 藍里を救った。

 私が救いたかった人物、私を支えてくれた人物。

 その両名の無事に、私は心から安心した。


 そして香澄は、私と同じ病院に入院し、私を見るなりこう言った。


「先輩、俺は先輩が好きです!」


 彼の好意には気づいていた。しかしそれは恋愛感情より憧れというものに近いと認識していた。

 だけど今は違った。香澄はまっすぐ私の顔を見据え、返事を待っている。


 私と、対等な関係になりたいと望んでいる。


「……どうして、このタイミングでそれを言ったんだい?」

「俺は、俺は心のどこかで先輩を遠い存在だと思っていました。先輩はあの人の死を簡単に乗り越えたと勝手に思っていました。でもそれが間違いだって教えてくれた奴がいたんです!」

「教えてくれた人物?」

「俺は今回の一件を経験してわかったんです。先輩を勝手に神格化して、距離を取っていたんだって。でも俺は先輩のそばにいたい! 先輩と共に幸せをつかみ取りたい! だから、お願いです!」


 そして香澄は、意を決して叫ぶ。


「俺と付き合って下さい!」


 ……驚いた。

 香澄がこんな、こんな近くに感じたことがあっただろうか。


「……香澄、ここは病院だ。大声を出すものじゃないよ」

「う、すみません」

「全く、そんなマナーもわからないようじゃ、まだまだだね」

「うう……」


「でも、ちゃんと一人前にマナーを守れるようになったら……考えて……やらないことも、ない……」

「え?」

「ええい! 聞き返すな!」


 不覚だ。香澄にこんな姿を見せてしまうとは、あの時以来かもな。

 だが、あの時と違って、そんないやな気分ではないな。


「夜ヶ峰先輩」


 そんなことを思い返しながらりんごを切り分けていると、病室に入ってきた人物がいた。


「……新入生。いや、もうそう呼ぶべきではないな」

「……」

「入っていいよ、神楽坂くん」

「はい」


 病室に入ってきた神楽坂くんはもう以前のような攻撃的な笑顔を見せない。

 その笑顔は、親しい者に向かうときの物だ。


「おお神楽坂。来てくれたのか」


 香澄も笑顔で彼女を迎える。


「私の犯した過ちを考えれば、当然です」


 その言葉に私と香澄が反応する。


「夜ヶ峰先輩、そして流矢くん」

「……」

「……」


「本当に、申し訳ありませんでした」


 神楽坂くんは深々と頭を下げた。

 それこそ、本当に申し訳なさそうに。


「神楽坂、頭を上げろ」

「はい」

「正直言って、俺はお前の謝罪を受け入れていいのかわからねえ。俺たちを傷つけたのも、先輩を助けたのもお前だからだ」

「はい」

「だけど一つだけ言わせてくれ」

「……」


「先輩に告白できたのはお前のおかげだ」


 やはりか。

 香澄は神楽坂くんを見て、自分の気持ちに気づいた。神楽坂くんが栄町くんを美化していたように、自分が私を美化していたことに気づいた。

 だから、私と共に幸せになるために、言葉で伝えた。


「流矢くん、私は何もしていません」

「いや、お前がいなかったら俺はいつまでも先輩の背中を見ているだけだった。だからありがとう」

「……」


 『決戦』の後、新入生と彼氏サンに分かれていた彼女は一つに戻った。

 そして、香澄の前で目覚めた彼女は香澄に土下座したようだ。おそらくは、心の整理がついたのだろう。

 だからもう、彼女は私たちに攻撃することはない。


「神楽坂くん、これから君はどうするつもりだい?」

「お金が必要ですから、バイトを探そうと思います」

「お金?」

「……私のせいで人生を狂わせてしまった人たちへの償いです。お金で解決出来る問題ではありませんが、せめてその意志だけははっきりさせたいのです」

「そうか……」


 そう、全てがめでたしというわけではない。

 中倉という女子は死んでしまったし、私を刺した教師は逮捕された。神楽坂くんはその罪を背負っていかなければならない。


「神楽坂、俺の知り合いに店をやっている人がいるから、もしよかったらそこで……」

「ありがとうございます。でも、こればかりは自分で探したいのです」

「香澄、ここは神楽坂くんの意志を尊重しよう」

「……はい」


 間違いない。

 彼女は確実に、前に進もうとしている。全員が救われたわけではないが、少なくとも彼女は救われた。


 だから私は、この結末を喜ぼうと思う。


=================


「今日から新人さんが入ることになった」


 あの事件からしばらく後、私は近くにあるファミリーレストランで働くことにした。

 私にはたくさんのお金が必要だ。せめてもの償いをするために。

でも、アルバイトをするのはそれだけが理由ではない。私はもっと多くのものを見ることにしたのだ。

 そのために接客業を選んだ。この他にも様々な仕事を経験したい。

 私は私の幸せを掴むと決めた。大護さんは、もういないのだ。

 でも、大護さんの願いは私の中にある。彼の思いは私の中にある。

 だから私は、彼のために、そして自分のためにも……


「では、自己紹介をお願いします」

「はい、私は……」


 二度と間違えないために、第三のスタートを切った証に、自分を見失わないために宣言した。




「神楽坂 藍里です!」






神楽坂第三段階 完



   

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