三話 カレンとミュルス
戦闘が結構あっさりでした。
書きづらくて三人称風ですが。
竜舎から出るとミュルスが木剣を二本持って立っていた。
「いつもの練習と訳が違うよ。私が怒っているのはね……お前が、出来もしない事を出来ると言ったからだ。それは戦場で死ぬって事だ。私はお前のその鼻っ柱をへし折ってやらないといけない。これは親としての義務だ」
ミュルスが持っていた木剣を一本、俺の足元へと放る。
これを使えって事かな。拾い上げ、何度か素振りする。
木剣を使うのは久しぶりだ。
いままでは木刀だったからな。
もちろんアイツの影響だが。
特に歴史の話に出てくる、ニホンのモノノフに憧れてってのもあるが、何より話に出てくるニホントウ――刀に憧れた。
アイツに造ってくれと何度も頼んだが、俺には作れないと突っぱねられた。
落ち込む俺に差し出してくれたのが湾曲した木剣……木刀だった。
武道の型も色々教えて貰った。
それはもう、アイツが覚えている物全てを。
俺はそれらを自己流で織り交ぜて戦闘に生かすすべを見出した。
「よろしくお願いします」
俺は小さく会釈をし、剣を構えた。
最初に動いたのはミュルスだった。
二メートル程の間合いを一気につめ、確実に相手を沈める一撃をカレンの腹部に放つ。
カレンはその一撃を持っていた木剣で弾き、ミュルスの腹に蹴りを入れる。
不意を突かれたミュルスはまともに蹴りを受けて吹き跳ぶ。
三メートルほど蹴り飛ばされて片膝をつくミュルス。
「っ――――」
彼女は完全に油断していた。五歳の娘。それが初めて我儘を言った。
聞き分けの良い子だった。
ミュルスとしてはもう少し我儘をいって廻りの大人を困らせてもやむなしだと思ったし、叶えられるような我儘なら叶えてやりたかった。
父に頼むなり、母たる自分にねだるならまだ可愛げがある。
だが娘は、自分に出来ない事を出来ると言い張った。
それが無性に感に障った。
「酷いじゃない。お母さんに蹴りを入れるなんて、酷い……痛いわ」
「お母さんこそ私にけがをさせるつもりですか? 今のは結構危なかったですよ?」
「あれを見きるか。流石は私の娘だ――ね!!」
それから二人は何度も打ち合った。打ち合うたびにその速度、技それらが研ぎ澄まされていく。
持っている得物が木剣でなかったとしたら激しい剣戟音が奏でられていた事だろう。
ミュルスは自分から間合いを取った。
「カレン。この一撃を防ぐことが出来たらお前にあの竜の子をやろう。多分これをくらうと一週間は動けなくなる。まさかこの魔法を再び放つ事になるなんてね……それも自分の娘になんて、思ってもみなかった」
ミュルスの威圧感が膨れ上がる。
それが魔力だとカレンは知る。
カレンは感じ取った。
これから放たれる物はヤバい物だと。
【炎帝の鉄槌】
炎魔法++A 広範囲の敵に攻撃、個体攻撃が可能。
【身体強化】
無属性 身体強化。魔力量に応じて持続時間が変わる。
カレンの頭に情報が浮かぶ。
それらを瞬時にカレンは理解し、それを組み上げていく。
その時を同じくしてミュルスの演唱が終わり、魔法が放たれた。
紅蓮の炎がカレンを飲み込もうとうねりを上げながら迫る。
カレンはそれを一瞥し、同じ魔法を叩きつけて見事に相殺させてみせた。
何ともあっけない終わりにミュルスは魔法を放ったまま硬直していた。
「ありがとうございました!」
カレンは左手に木剣を持ち、また会釈をし――頽れた。
「いい勝負だったよ。ミュルス」
「……え、ええ」
未だ放心状態のミュルスにオルスが声をかけた。
赤炎の女帝と名高いミュルス・ウィンドミル。
オルスと結婚する前は、傭兵として十三大陸を渡り歩いた彼女。
ある時は山の様な大きさの魔物を倒したり、またある時は大量発生した魔物を殺戮したり殲滅したり蹂躙したり。
暇だからと言って十三大陸の北にある龍族領――ルトラに行き、龍と戯れたり。
色々とむちゃくちゃしてきた彼女でも、今日の出来事はとても堪えた。
今まで魔法合戦で彼女が負けた所など見た事がなかった。
特に炎の魔法で後れを取ることなど今までにない。
ましてや自分の十八番であり、必殺の一撃をまさか同じ魔法で相殺されるなど、とてもじゃないが信じられなかった。
それも五歳の我が子――カレンに相殺されるなど、思いももよらなかった。
「流石は僕達の子供だ」
「ええ、私達の子供で間違いない。あの頃は分からなかった、お父様の気持ちが嫌と言うほど分かる」
二人は倒れたカレンに視線を向ける。
恐らく、初めての魔法、それも攻撃魔法の上位++Aランクを放ってしまった事による魔力切れを起こしてしまい、倒れたようだ。
体内に貯蔵してある魔力の全てを使っての攻撃魔法であった事は明らかであった。
「カレンはすごい魔法使いになるかもしれないね」
「もしかしたら魔道士になるかも」
「旦那、姐さん。自分の娘地べたに転がしたまま乳繰り合ってないでくだせぇ」
呆れたガドマンがそう二人に告げる。
その脇を先程の異形の竜が出てきた。
竜は倒れているカレンを見て竜は駆け寄り、カレンを抱え上げる。
竜は竜舎の隣にある大樹の木陰に抱えて連れて行くと、再び戻って来ると竜舎に入って行き、バケツを持ってきた。
そして竜はガドマンが首から下げていたタオルをひったくると井戸へ向う。
その途中で臭いが鼻を突いたのか……盛大に咽ていた。
井戸に備え付けられているポンプを使い水をバケツに溜めていく。
そこに置いてあった石鹸でタオルを洗い、バケツの水が清むまでタオルを洗い続け、ようやく匂いがとれたのか。
バケツに水を汲んでカレンの所へ戻ると、先程洗ったタオルをバケツに浸し、絞ってカレンの額にそっと置く。
それだけでもすごいと思うのだが、竜は次なる行動を始めた。
竜は牧場の敷地内にある森まで駆けていく……
森は管理が行き届いておらず、雑草や雑木が生えてうっそうとしていた。
しかし、竜はそれらをものともせず、時にその尾で薙ぎ払い、四本の太い腕で進行に邪魔な雑木を引き倒し、ある時にはその足で蹴り倒して更にその森の奥に進んで行き最後には竜の姿は見えなくなってしまった。
「どこに行ったんだろうな」
「多分何かを取りに行ったんだろうけど……今まで人を介抱した竜なんていなかったからな……検討もつかないな」
「にしても変な竜でさぁ……」
姿は見えなくなったが、森から物音が止むことはなかった。
なにかの破壊音。
それに驚いた鳥たちが一斉に飛びたち。
なにかの動物の断末魔が鳴り響く――。
暫くするとそれらが止み、竜が森から姿を現した。
手には何かの草で編んだ籠いっぱいに紫色の豆粒ほどの果物を採って帰って来てきたのだ。
それもカレンの所に持って行き、彼女の傍らに置く。
「あれ、”ミラクルベリー”だね」
一際目の良い。オルスが呟くように言うと、ガドマンとミュルスは声さえ出なかった。
それほど二人は驚いた。
昔から魔力切れに効果のある果物や木の実は確かにある。
木の実はえぐみが強く、主に魔力による気絶している人を起こすための気付け薬として使われ、少量程魔力は回復する。
ただし、”ミラクルベリー”は別物で、芳醇な甘さに食べやすく美味しい。その上に大幅な魔力の回復までしてくれる。
今ではミラクルベリーを使った魔力回復薬が造られるほどで、その需要は高い。
故に高値で取引される事がよくあるのだ。
貴族の茶会にミラクルベリーのパイが出される事があるが、あそこまでの量は流石にオルスも見た事が無ない。
ミュルスもガドマンも傭兵時代に何度も戦場で魔力切れを起こした事があるが、大抵常備しているのが保存期間が長く、気付けに使われるアグナと呼ばれる木の実だった。
あの渋く、不味い木の実を食うたびにミラクルベリーの美味さをかみしめたことだろう……
――と、先程素通りした竜がこちらに向かって歩いてくる。
その手にはミラクルベリーが入った籠があった。
それをミュルスに渡し、竜はまた森に向かって歩いて行った。
また読んでもらえるとありがたいです。
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