???話 もう一人の英雄
一匹の馬がいた。
正確に言い表すならば怪馬である。
普通の馬との違いを言い表すならば足の本数。普通は四本だが、その怪馬は八本の足を持っていた。
身体つきも足の太さも通常の馬の三倍はあるその怪馬は後に一人の英雄の愛馬となる。
英雄と出会う前、馬はその異様さから化け物と恐れられ、何度も、何度も何度も何度も……殺されかけた。
故に馬は何度もその足で敵を踏み潰し、蹴り殺してきた。
馬は安住の地と人を探していた。
幾度も死に別れてきた主人を……。
馬になる前の記憶は五回前まで覚えている。
一つ前が犬、その前が狼、猫、鳥、鼠――
その前は覚えていない。
ただ覚えている事はある。
それはどの記憶も主人が目の前で殺されると言う事。
自分の力が足りなくて。
自分が弱くて、弱弱しくて、脆弱で、貧弱で、貧相で、惨めな思いを数えきれないほど繰り返した。
だが此度は違う。主人を乗せて野を掛ける事も、戦場に出る事も出来る。
姿形は歪だが、主人であれば気に入ってくれる筈だ。
そんな気がした。
馬は大陸中を闊歩した。走れば一日で山を二十程越える事が出来た。
つくづく今回は当たりだと思った。
生まれ出でて何年たったのかは定かではない。
――ついに探していた主人に出会えた。また再び会う事が出来た。
嬉しかった。
そして気持ちを新たに、今度こそ殺される運命を回避すると。
今回の人生でも、主人はまた英雄になっていた。
そう、まただ。
その前もその前もその前もその前だって、主人は英雄だった。
戦場で大活躍して英雄になった主人。
迫害を受けていた人達を守り抜いて英雄になった主人。
巨大な魔物を倒して英雄になった主人。
敵に攫われた姫を助け出して英雄になった主人――――
今回は滅亡の危機から国を救って英雄になった主人だった。
馬は嬉しくはなかった。
そのどれもが碌な死に方をしていないからだ。
罪を着せられ殺され、毒を盛られて殺され、裏切りにあって殺される。
どれも納得がいく物ではなかった。
――なぜ人の都合で、ただの人間が主人を殺す?
――主人が何をした! 主人はお前達が勝手に祭り上げただけじゃないか。お前達の都合で主人を殺すな!!
主人の人生は主人の物だ。
主人がそれを受け入れたことは一度だってありはしなかった。
――そう今回だって。
主人はまた、殺された。
人の手によって、主人がただ、守りたかった人に殺された。
見るも無残な姿になった主人が目の前に磔にされている。
――また、守れなかった……
馬は主人が磔から下ろされるのを待った。
亡骸だけでも主人が大好きであった海辺の丘の上に連れて行ってやりたかったからだ。
だから、まち続けた。
気付いた時には一月が立っていた。まだ主人は磔にされていた。
馬は気づく、自分が倒れている事に。自分がもう長くない事に。
馬は主人が下ろされるのを待つ間、食事も水も取っていなかった。
そして見た。
主人が……主人が燃やさる場面を。
赤黒い火柱が夜空を焦がす。
炎は瞬時に主人を飲み込んだ。
――主人がお前達に何をした!!
馬は最後の力を振り絞り、立ち上がった。
そして――燃える炎、目がけて走って行く。
その間、大量の矢と槍が馬の体に突き刺さったが、死力を振り絞る馬の前には無力であった。
馬は火の中に飛び込み、そして果てた。
――願うなら、また主人と同じ世界、同じ時、同じ場所を願う……
今度こそ、今度こそ主人を殺させない。
それだけの力が欲しい。
もっと強力な生物に生まれ変わって主人を守りたい。
ただそれだけだ。
それだけの事だから。
叶えて欲しい。
神様と呼ばれる者がいるのなら……
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また明日お会いしましょう。(読んでくださる方は)