プロローグ3
早川瀬奈が俺と会話をしてくれたのは、つまり話しかけてきた相手である俺が、彼女の好きな本を借りていたという点に一時的にしろ興味を持ってくれたからだったのだろう。
その後の記憶はふわふわしていて良く覚えていないが、逃げるようにして図書館を後にしたのだと思う。早川瀬奈という女子と、図書の延滞という決して自慢できない接点で知り合ってしまったことにひどく心がざわざわした。一番好きな本が一緒だったという共通点があるだけで舞い上がってしまう気持ちもあれば、恰好悪い部分だけをばっちり見られているというすさまじい恥ずかしさもあって、その日から早川瀬奈の顔と名前がきっちりと記憶に残った。
1組の前を通るときは、無意識にドア越しにさっと早川がいないかを確認するようになったし、以前よりも休み時間は足繫く図書館に通うようになった。図書館ではカウンターで早川を見かけることがしばしばあったが、別に俺は早川の友人ではない。あの日たまたま俺がテンパって無理やり会話をしただけで、以降特に声をかける大義名分は存在しなかった。彼女がカウンターにいるときにたまに本を借りてみたりするものの、特に何も起こりはしない。特別なことが起こらないまま、視界に早川を捉えようとする日々が続いた。
こうした気持ちを言語化することははっきり言ってかなり抵抗感があるのだが、俺はどうも、早川瀬奈のことをもっと知りたいらしかった。
その後ゆうに半年以上、俺は早川瀬奈に近付く方法について検討を重ねた。
早川はクラスでもあまり目立たない方であること。彼女は部活に所属しておらず、学校内の組織では唯一図書委員会に所属していること、彼女の強い第一希望で所属が決まったこと。休み時間や本来の当番でない日も図書館のカウンターにいることなどの情報をどうにか手に入れ、結局早川瀬奈との接点を持つためには自分も来年の春に図書委員になるべきだとの結論に至った。
問題は来年も早川瀬奈が図書委員になるか否かと、俺自身が図書委員になれるか否かという二つの条件であったが、もともと大して奈草中では人気の委員会というわけでもない。そして早川瀬奈は明らかに読書と図書委員という役職を気に入っているらしかった。
しかしながら念には念をという金言に従って、俺は春が近づく頃から集中的に、且つ普段の会話の中で出来るだけ自然に、他の生徒から見た図書委員の優先度を下げるべく暗躍したというわけなのだ。
この辺で、賢明なる読者諸兄には長かったであろう回想を終えて、いよいよタイムラインを先へ進めるべきだろう。
Xデーは新年度、新学期一日目で、奈草中ではこの日にその後一年間の所属委員会も決めてしまう。
クラス替えはどうした、という声が聞こえてくる気がするが、これに関しては完全に運というか教員が会議で決めることであり、俺自身が関与できる部分があまりに少ないため、初めから期待はしていなかった。昇降口に張り出された名簿を見て、赤羽恒太と早川瀬奈が別のクラスであることを認識しても、少し残念な気持ちになった程度だ。どのみち早川の活動の拠点は図書館なのだから、同じクラスになることにそこまでの重要性は無い。無いとも。
その後、簡潔に結論を言えば、俺は見事にあっさりと立候補で図書委員になることが出来た。その日に行われた最初の図書委員の全体会議で早川瀬奈もちゃんと図書委員として続投していることが分かってほっとすると、あとはこちらが驚くほどにとんとん拍子で進み、当番の日もおおむね早川と重なることになった。
図書委員としての仕事を覚え、普段なら飛んで家に帰る放課後も図書館に入り浸る日が増えた。この時点で気がついたのだが、早川瀬奈は図書委員としてもかなり異質で、学校司書の先生にもかなりの信頼を置かれているようだった。というのも、早川は図書委員としての規定の仕事以外も任されていたから(これははっきり言って、外からの厳しい目があると司書の先生まで巻き込んでかなりの大目玉を喰らう行為だ)。
誰かから信頼を勝ち得る以上、そこには何らかのコミュニケーションがあってしかるべきだ。
その論理に基づいて考えると、早川は、話すべき相手には見た目よりも話す人間らしい――その仮説に行きついてからは、俺は自分でも意外なほどの行動力を見せた。
出来るだけ手が空いたときや作業を共にするときなどに早川に勇気を出して話しかけるようになり、早川はクールな姿勢を崩さず、最初は必要に応じて、次第にごく自然に、俺と会話するようになっていった。
相変わらず俺自身は早川と相対しているときにちょっと言葉に詰まったり、テンパったりすることがあったのだが、早川は一切そういったことを気にも留めない。少なくともそう見える。それに慣れてくると、次第に俺の中でも早川と喋ることへの気恥ずかしさがだんだん薄れてくるのだった。
長いプロローグになったが、ここから綴るのは、俺の中学生活における早川瀬奈というどこか不思議な女子との交流の記録だ。