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プロローグ1

 春の訪れを感じる頃。

 もう間もなく奈草中学2年となる俺が熱心に取り組んでいたのは、同学年における各委員会の印象に対する情報操作だった。



 学級委員は敬遠されがちだが悪くはないらしい、3組の寺門が言うには、月2回放課後集まって先生から連絡事項聞くのぐらいだってよ。


 生活委員はルールにうるさい奴がなるってイメージあるけど、実際あいつらが注意してるの見たことねえよな。仕事無いんじゃね?


 選挙管理委員? サイコーじゃん、年一回、集計くらいしかやること無いんだから。


 なんかさ、保健委員って地味に当たりな気しないか? 大事なことは全部保健の先生がやってくれるし。


 給食のときに流れてる曲って、放送委員が選んでんだよな。ってことは、放送委員になったら毎日学校で自分の好きな音楽聞き放題ってことだろ?


 確かに、整美委員って面倒なイメージだよなぁ……でもあれ、やってみたから言うんだけど、顧問教師のナカセンがサイコーなんだよ。いつもすごい差し入れ持ってきてさぁ……やっぱセレブ教師は伊達じゃねーわ。


 え、図書委員? 図書委員なぁ……司書の先生やる気無いみたいで、図書委員は仕事が増えてるって聞いたな。俺はまだしも整備委員の方がおいしいと思うけどな……



 さて、俺がどうしてこのような小狡い行動に終始していたかを、賢明なる読者諸兄と一部の俺と近しい間柄の中にはお分かりの方もいるだろうが、説明せねばなるまい。

 図書委員以外の委員会を、悟られないように、地味に、友人や前年度同じ委員会だったやつを対象に、どこまでもプッシュする。

 この行動が効果を発揮することで何が起きるか。そう、最初のクラス会の時間で行われる委員会決めで、図書委員に立候補する人間を減らすことが出来るのだ。そしてそれは、希望者が図書委員になれる確率が上がることを意味している。

 つまり俺は、図書委員になりたかったのだ。


 ではなぜ図書委員になりたかったのか。1年の頃は整美委員として、そこそこ角が立たないよう、「男子真面目に掃除してください~」とも言わないよう、先生に良い印象を与えて内申を稼げるよう、完璧な立ち回りを繰り広げてきた俺が、なぜ図書委員になろうと思ったのか。

 その理由を詳しく説明するには、まさに1年の梅雨頃にあった出来事から語らなければならない。



 その日も梅雨らしく、朝からしっかりと雨が降っていた。小学校を出たばかりで、まだまだ大きめの学ラン(この中学の制服は古式ゆかしく、男子は学ラン、女子はセーラー服なのだ。)を着こなせていない頃。やはり多くの1年生たちと同じように、袖が余り、胴回りの余る学ランに身を包んだ俺は、雨粒が傘に当たるぱたたたたという音を聞きながら、川向こうの奈草中へと登校した。


 小学校の頃から図書館にいることの多かった奴のごく一部は、蔵書も小学校とは少し変わった図書館で楽しんでいる。もっともこの学校の図書館は(今では大変喜ばしいことなのだが)学校の別棟、4階隅に位置し、近くは資料室や準備室ばかりと生徒には大変用の無い場所である。また屋上に近くエアコンも無いため夏はうだるように暑く、冬はページをめくる手が震えるほど寒い。殆ど貸出専門である。そういった条件を読書好きたちは理解しているので、やはり図書館の利用者は貸出サービスを含めても大変少ない状態だった。


 俺も小学生のころから割と図書館を頻繁に利用するタイプだったが、奈草中に入ってからは例に漏れず図書館は貸出オンリー、しかも利用頻度はそう高くなかった。ところがその日は、偶然借り溜めしていた本の督促状も少し前に届いていたので、放課後重い腰を上げて返却に行ったのだった。


 雨の断続的な音以外には何も聞こえない別棟4階の廊下を歩く。何となく足音を立てるのがはばかられて、ゆっくりと静かに図書室まで向かった。放課後図書館にくるのはそう何度も無かったので、もしかしたら閉館しているのではとも思ったがそんなことは無かった。木製の引き戸には「開館中」のカードがある。俺はおずおずと、少し重い引き戸を開けた。


 図書館の中はいやに暗かった。蛍光灯は点いているのだが、あまり強い光ではない。

 期末テストも近いのでこんなところに来る暇人はいないだろうと思っていたが、珍しいことに一人、テーブルに向かって本を読んでいる生徒がいる。女子生徒だが、見覚えは無い。こっちを一瞥すると、まるで道路に転がる空き缶でも見たかのように、そのまますっと目線を本のページに戻した。

 息を吸い込むと、わずかに黴びた本の匂いと湿気た空気が混ざった独特の匂いが感じられた。


 手に持った鞄の中の本たちを返そうとカウンターを見て、俺は思わず固まった。司書の先生も図書委員も、いない。

「あ、あれ……?」

 どういうことなのだ。完全に閉館してくれていたら表の返却ボックスに本を入れるということが出来るが、図書館が開いているのにカウンターに人がいない場合にどうしたら良いか、俺は知らない。

「えーっと……」

 何かしらヒントが欲しくて、カウンター周りの案内書きなどをきょろきょろと調べる。が、それらしいものは見つからない。

 こういったときはどうすれば良いのだろう。


1.今日はタイミングが良くなかったので、日を改めてもう一度ここに来る。

2.カウンターに借りていた本を全て置いて帰る。

3.司書の先生を捜しにいく。


 1と3の選択肢は、正直な話面倒くさい。1に関しては、まだ何度も放課後に利用したことの無い自分には、この状況がむしろ奈草中では普通なのだという可能性を捨てきれない。3は、職員室まで行くのが確実だろうが、階段を上り下りしながら別棟から移動するのは手間だ。

 2の選択肢は、実際一番自分の中では有力なのだが、これで何かあったら先生からのお咎めがあるだろうし、それに人として流石にどうなのかと思わなくもない。


 どうしたものか……とカウンターをうろうろしている俺の耳に、突然小さな破擦音が聞こえた。

「くしっ」

「えっ」

 思わず振り返ってみると、当然なのだが、その発生源と思しき場所には、さっきから一人で本を読んでいた女子生徒がいた。図書館に入ったときは後姿しか見えなかったのだが、ちょっと伸びた前髪を持つ女子だった。見覚えは、あるような無いような。

 俺が動いたのに気付いたのか、それともくしゃみを聞かれて恥ずかしかったのか、その女子はぎこちない動作でこちらを見た。本を返せなくてうろうろしていた俺は少し焦る。ちょっと不審者みたいに思われているかもしれないじゃないか。


「……本の返却?」


 ぶっきらぼうに言い放たれた言葉が、その女子が発したのだということに気付くまで半秒ほどかかった。コクコク、とうなずく。


 座っていた女子が、木の椅子を鳴らして立ち上がった。そのまますたすたと俺に近付いてくる。


 そしてそのまま俺を通り過ぎると、勝手知ったる動きでたちまち俺とカウンターを挟んで反対側に立った。


 そこが本来の定位置だったように。なるほど、理解出来た。


「すみません、私、図書委員です。待たせてごめんなさい」

 俺は、本の入った鞄のファスナーに手をかけた。

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