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久坂玄瑞伝  作者: sigeha-ru
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終焉の炎(10)

終焉の炎



梅雨明けて湿度を伴った空気がべっとりと肌に纏わり付く。

京の夏はことの他暑く、日頃ならば汗を拭い涼みたい所だが。


この夜はどうもそんな風情も懐かしく感じられる。

真っ赤な篝火を焚いて、山頂に立つ幕舎背景にじっと流れ出る汗を拭う事無く

立ち尽くす影がある。


男山八幡―


影は微動だにせず、ただじっと両の目を下に、京の町を見下ろしているだけである。




「久坂さん、もうそろそろ入りませんか?」



「ああ、すまんな」



7月17日午後より長州勢幹部が召集され、最後の会議が開かれることと成っている。

町を見下ろして、じっとしている久坂は、これまでの急進的な指導者から、酷く冷たい

空気を纏って見えた。

おそらく、ここに及んで彼には「戦争」という内紛に対する否定的な思考が浮かび、その思いが

広く心に浸透しつつあったのであろうか。

彼はこの最期の最期まで「訴える」という手段を諦めなかった事からうかがえる。


会議は当然、世子到着を待つのか、それとも待たずして進発するのか・・・

議論はその二つに絞られていた。



「若君に責を負わせるは臣として許さざる事。若到着前に進撃し朝奸除き奉るのだ」



来嶋又兵衛は長州藩の侍大将である。

彼の忠君は古武士のそれであるが、決して古き武士道のみを押し通すばかりではない。

来嶋という人は、文武共に才あって、殊に兵馬を操る事長けた将であった。

急襲という格好になるが、敵を陽動するかの如く、攻め寄せるという策を打ち出し、目を輝かせて

訴え出たのである。



「世子様の到着を待ってよくよく評議すべきではありませぬか。只でさえ入京の勅許も頂けぬ状態。

ここで、攻め寄せては世子様を窮地に追い込み兼ねぬ危険も御座いませぬか」


久坂は来嶋の言に続いて、大きく息を吸い込んで響く声を上げた。

来嶋はキッと睨みつけるや、両の目から血の涙を流さんばかりに咽ぶと、


「諸君らは臆したか、朝議で撤兵と決せられた以上、我等に不利は百も承知じゃ。撤兵すれば長州は

救われるか。もはや朝敵と取られた我等にあるべく道は進軍措いて他なし。勅命によって討伐されるも

今は我等が志だ。俺はたとい一人であろうと、戦ってみせる」


久坂はこの言葉と至誠に圧倒されるばかりであった。

真木和泉ら賛同者達は、言い終え退席した来嶋に従って一人、また一人と出て行った。

彼等が動けば、当然久坂達とて傍観している訳にはいかない。

長州軍という集まりである以上、必ずや戦火は避けられぬものだ。

ならば、やる他ないという結論しか出てこぬのである。



「来嶋の爺さんに押し切られてしもうたな。」


入江九一がぽつりとつぶやいた。

もう後戻りは出来ない。どうせこのまま、待っていても戦闘は避けれぬものである。

ならば―・・・



「・・・しかし、来嶋さんもええ事言うじゃ無いか。朝敵も厭わずか。」



寺島はもう諦め半分、来嶋の志に一理あると揺らぐ気持ちも半分で天を仰ぎながら大きく身体を伸ばした。

清清しいといった心境だろうか。言葉に迷いは感じられなかった。



「そうじゃな。ま、やれるだけの事をやるか」



久坂は寺島が仰いだ空を同じ様に見つめた。

彼には今胸のつっかえは何も感じられない、ただ先にある戦・・・それを飛び越えて先の日本の風景を

模索するのみである。



(花は桜木、人は・・・)


己は今、武士身分で死のうとしている。

生きて帰るよりも、自分が武士として生を全うする事が彼の全てであったろうか。

久坂は桜の潔い散り際を己に当てはめて、その時を待っていた。


―平和な日本に桜を咲かせる―


いつの時代にも、こうして何かを犠牲として、いやせざるを得ない背景に飲み込まれてか、そういう人々の

命あって他な命は生かされている。現代も過去も未来も変わらぬ流れであり、それ故命の尊さと儚さを訴えられる

所であるが・・・。今久坂玄瑞という人と、それを取り巻く先ある若者達は、そうした「道」に向かおうとする

人々であった。

目に映るのは自分達を踏み越えて進む日本の姿。

そうして、自分達をいつか語ってくれる後世の人々がある。

今だけで計れぬ尊いものを人々が住まう国であると思い進んできた彼等は誠に若く、惜しむべき命であった。

当然生き延びて、建て繋げて行く人々の労苦も然り、無視出来ぬが・・・。



兎も角彼等は、それぞれの戦場へと懼れと僅かな先への期待を以って突き進むのである。

7月18日、寝静まる京の山頂での一幕である―・・・






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