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久坂玄瑞伝  作者: sigeha-ru
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終焉の炎(7)


元治元年三月十一日・・・

久坂は帰藩命令により大坂を去る。


その後、山口政庁へ入るや藩主に面会し、京都での入京拒否や現状の報告を済ませると

一つ、藩内の状況について訪ねた。



「恐れながら御殿にお訪ね申します。人づてに聞いた話ではありますが、なにやら御家家中にて

進発論が盛んに叫ばれておるとの事。真に御座いましょうや」



じっと、藩主父子を見つめる彼の目は真剣そのもの。

これを問い、主君の意思がどこにあるのか、再び京都へ向かう事になっていた彼にとってこの問い

だけは、しておくべきと思うていた。

藩主・毛利敬親は暫く黙って対座する若い政務役を見ていたが、やがて重い口を開いた。


「家臣等の中に、確かに京へ向け兵を送り込めとの声が上がっておるのは事実じゃ」


「やはり・・・・」


「先の都落ち以降、我藩是と尊攘の思想は一気に押さえ込まれてしもうた・・・そればかりか

朝廷に対する悪しき企てを進める首謀者たる汚名まで着せられ長州系公卿方も禁足となり我藩は京都撤退余儀

なくされた。それに我慢出来ん様になった者達が今日に日に増え、もはや止めるのは難しかろうとの見解も

重臣からは漏れ出しておる。」



藩主は重々しい口調で、進発を止める難しい現状を語った。

久坂はその苦衷を察し、目を伏せた。

静かな、けれど重く苦しい程の空気が暫し流れた。

どれ程経過したものか、久坂は目を開き、再び伏せた顔を主に向けると迷いの無い真っ直ぐな眼差しを以って言い放った。



「諸氏の気持ちは察します。私とてあの屈辱・・・憤りなしとは言い切れませぬ。だが、我藩の御為にも、敢えて今耐えるべき

でありましょうや。・・・・・・まだ進発の時ではありませぬ」



彼の澄みよく通る声は実に凛として、堂々たるものである。

国を憂い、藩の為にと様々に動き回り、命がけの奔走を繰り広げてきた久坂がここで更に大きく成長した様に見えた。

敬親はその姿を眩気に目を細め、見つめた。

(こやつは・・・あの頃の寅次郎の様じゃ・・・)


敬親にはかつて、自身も学を学んだ吉田松陰寅次郎の面影が浮かんだ。

今目の前に居る久坂義助はあの寅次郎の愛弟子であり、妹の夫・・・親族であり志を託した男だった。

この主君を前にして、臆さず真っ向から反対を示し諭さんとするその師さながらの姿は、寅次郎を思い出させる。

知らず、敬親は久坂に生前の寅次郎の姿を重ねていた。



「・・・成る程・・・そなたが其処まで言うならば、今はまだ潜むべき時であろうな。良く下に藩命と伝えておくがよい」



まだ、ぼんやり面影重ねて不思議と言葉を信じ従う。

ふとおかしくて溜まらぬのを堪え、久坂が退出する後姿を見送ったのであった。











京都は徐々に冬から春へと季節が動こうとしている。

久坂は再び京の藩邸へ戻ると、桂より大坂へ戻ると伝えられる。


「久坂君、私は京に居っても顔を知るものがあり過ぎてろくな働きも出来ぬ。この際、大坂に戻りそこで情勢を見守り

情報収集にも当たろうと思うておる」


「成る程・・・それは確かに。僕はまだまだ桂さん程名が知れて無いからもう少しここに残りますよ」



「何じゃ、久坂君は鈍い男じゃの。長州の久坂を知らぬものこそ、居るまいよ。せいぜい油断せずにな」



桂はそういって、数日の内には大坂へ発った。

久坂は、『長州の久坂を知らぬものこそ居るまい』という桂の言葉に苦笑いして、忠告通り控え目に活動を進めていた。

桂自身、大御番頭取となった局長近藤勇をはじめとする新撰組によって、たびたび在京中危険を掻い潜っている。

流石に、数回と重なると藩邸に居ったにせよ、身の危険を避ける事は容易になく、一時撤退を余儀なくされるのも致し方

なしと取れる。

幕府の重要な地位を預かるようになった新撰組は一層それまで以上に取締りを強化し、その刃に斃された無念の志士は

数知れぬ程であった。


春風がそよぐ四月中旬の頃、久坂はこれまでの慎重論を覆す意見書を藩に提出する。

越前、土佐、薩摩にと、公武合体派の大名らが、こぞって京都へ集結し、薩摩島津家に至ってはその軍勢一万余を京都に進行

させるという勤皇派にとって、危機的状況が迫っていた。


久坂はこうした背景により長州藩の回帰は難しかろうと悟ったのである。

自重を唱えて藩主を説得し、こうして京都へ出てきた自分が・・・今や進発論を推し進軍せよと迫る立場に変わる。

そうこう藩是が揺らめく中、諸侯らは長州藩の処罰や攘夷親政にどう対応を出すべきか論じ、結局見出せぬままに京都を

後にしていた。

そんな中、将軍はまだ二条城に待機した状態で、京都市中は幕府・・・佐幕色にしっかり染まりきっていた。


久坂の提出した進発論は以下の様になっている。

世子を上洛させ、将軍に直談判し回帰を図る。

その際、軍勢を率いて来て貰い、威嚇しながらの論戦を強行に進める事。

これはかなりの賭けだった。

最悪は戦にとて成りかねない。

将軍が応じない場合の可能性が高く、一時引いた諸藩大名や既に軍勢を増強せんとする薩摩がまず兵を動かしてくるだろう。

ジワリと冷たい汗を滲ませながら、久坂は祈る気持ちで書をしたためたのだった。


久坂が進発論を推す発言を提出する事は桂にとって俄に信じがたい事であった。

切羽詰った京都の空気でイカレたかと思った所も確か。

桂は一度大坂で冷静に議論をと彼を誘ったが、終ぞ久坂が動くことは無かった。


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