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久坂玄瑞伝  作者: sigeha-ru
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終焉の炎(5)

8月の政変、そして七卿落ち(実際には暗殺によって一人亡くなり六卿が大宰府に落ちている)と長州藩

志士達にとって、目まぐるしく暗転した数日であった。

それぞれに退路を別ち、只管に山陽道を西へ・・・郷里の道を戻るのだ。


それぞれがそれぞれの思いを抱いて、来る時の誇らしい思いも打ち消され、今は悲憤耐えぬ人々の

涙の川の如く隊列はゾロゾロと続いていた。



さて、皆一様に帰藩したと思いきや、残留組も数名居座っている様子。

京都の河原町藩邸には桂小五郎等が固く門を閉ざし、外出も無く無人の如くひっそりと滞在している。

つい先日までは、長州様よと賑わいあって、来訪者も多く日の出の勢いであったが、今日は一挙に

形勢逆転。シン・・・と静まって空き家同然の佇まいである。

この静かな藩邸に、久坂は二十一日再び舞い戻る。


彼もまた、外出をせず外部の様子を中から息を凝らしてじっと覗っていた。



長州は完全に退いていない―

虎視眈々と再度朝廷を牛耳る機会を覗って潜んでいる―



薩摩や会津などは、そう睨んで簡単に退く連中ではないと警戒していたから、すかさず長州藩士らが

あの政変後退去する様を見ていても、怪しんで藩邸に密偵を送るなど様子を覗っていたのだった。

漸く、密偵を撒けたと安堵し、久坂は外へ出た。

長州藩そのものが、京都への侵入を禁止された今、外出も命がけで彼は絶えず周囲に視線だけ送りながら

何とか打開策の糸口を見出さんと必死で市中を練り歩いた。

今は頼りとしていた公卿も左遷され、朝廷に長州藩の味方らしい人物はいない。

有栖川の宮もまた、親長州親王として名高い方であったが、今は謹慎されお出ましになるのは難しい。

学習院も出入りを禁じられ鷹司卿も接見見込みがないとあれば、いよいよ志士達は活躍の場を失い

その結束も薄れていくばかり。

そんな中、唯一彼等が縋れる場所がある。


京都西木屋町の桝屋喜右衛門邸である。

あそこだけが、会合を出来る場所となっていた。

この桝屋喜右衛門というのは仮名であり、本名は古高俊太郎という勤皇志士で、某宮家の家士である。

ここには、あの政変以降長州藩に依っていた脱藩志士や勤皇を掲げる藩士らが秘密裏に集まり、今尚会合

の場として唯一使用していたので、古高は常に周囲民家に漏れ聞こえ密告などなき様、辺りに細心の注意

を払っていた。


久坂はそこを訪ね、門を叩いた。


「これは・・・さあ、どうぞ急いで中へ」


古高は戸を開けると久坂を急ぎ導きいれ、辺りを鷹の目で窺い直ぐ様静かに戸を閉めた。

久坂は当時、既に名が知れた名士となっている。

今は、追われる長州藩の中で、手配者の扱いとなり、その行動も隠密でなければ危険とされている。

彼はそれでも、堂々と歩くから周囲も中々気が気でないのだ。


「堺町の一件以降、新撰組の市中取締りが強化され浪士等も息を潜めて耐えておるのです。久坂さん程の

大物が何かあれば勤皇派にとって大きな痛手。どうぞ用心召され」


古高は声を落とし、低く久坂を諭した。

それから、加えて敵の尾行にも重々気をつけるようにと重ね重ね言われると、久坂は苦笑いを浮かべ大人しく

承知と言う他なかった。

それだけ、京都の空気は勤皇から公武合体・・・佐幕へとガラっと変貌していたのだ。

藩邸で桂らと討議を重ね、数日が経過した頃、久坂に帰藩命令が来る。

なにやら一騒動になっているらしい。



『奉勅始末書』



先の長州藩の攘夷行動一切は朝廷による勅命を奉じたものである―


その釈明を嘆願書という格好で朝廷に提出しようという試みである。

挽回策はもはやこれ以外になかろうというのが、重臣連の見解であった。

重臣の井原主計がそれを携え上京する手はずまでしっかり整っている。

久坂に対する帰藩命令はそれに付いて京都藩邸に駐在するという段取りに沿っての事であった。

この時の長州に「俗論党」は消え、政務役として久坂の他、高杉晋作や長嶺内蔵太など急進派が占めている

といった状況に様変わりした。


やがて、嘆願書を持って上京する頃には十一月となり京都は涼しい季節となっていた。

彼等長州勢は、嘆願書を携え大坂、伏見を通り都に到着するや入京の手続きを取らんと急いだ。

しかし、返事は一向に来ない。

(薩会が邪魔立てでもしとるのか・・・)

苛立つ気持ちを抑えながら、久坂は預かった嘆願書を大事に、何度も応えるまで入京申請を届けるのだった。





そうして、時が流れ文久四年という新たな年を迎えるのである。

この日、彼は25歳となった。

そこには、これまでと違う命を賭して日本が為奔走する一人の精悍な若武者となった久坂義助の姿がある。

ここから彼の齢も数える必要無くなり、後は只その姿を追うばかりである。












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