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久坂玄瑞伝  作者: sigeha-ru
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終焉の炎(3)



鷹司邸でも関白は何も知らぬとの由。

何も聞かされておらず、参内もままならぬ状況であると、苛立ち紛れに話していたが

御所からの報せが届くや、否や直ぐ様参内せんと、退出してしまった。

邸に残された久坂等は、呆然とその後姿を見送っていた。


卿がバタバタと出て行くと入れ替わって、彼の執事が邸内に戻り久坂達の前に現れたので

ある。彼の手には一通の書が握られている。



「あ・・・鳥山殿」



久坂は何事かあったな・・・とその手元に視線を巡らせた。

鳥山は息を弾ませ、暫く黙って立ち尽くしていた。

久坂も、6卿も、ただ手の中にある書簡と呼吸を整える彼を見つめ言葉を待っている。

やがて、落ち着いたのか手の中の書簡を開くとこう言い放った。



―堺町御門警護の儀、思し召しを以って、只今より免ぜられ候。

 尚、追って沙汰ありなされ候まで、屋敷に引き退くべく・・・・



その沙汰を読み終えるや、鳥山は逃げるように退出していった。

また、それと入れ替わって柳原中納言も勅使として訪れる。



「大和行幸のことは、今その時にあらずとて暫し延引とする。長州藩諸藩尊攘の士においては

多人数集合なぞ粗暴の挙動無きよう・・・」



「何ゆえの沙汰にございます」



久坂は青褪め動けぬ6卿の後ろから進み出、問うたが中納言に一瞥され答えを貰う前にまたもや

逃げられてしまった。

そこへ、今度は三条卿と土方久元という武士が親兵を集め駆けつけてきた。

三条卿は謹慎の身なれど、居ても立っても居られず、馬を走らせてきた様だ。



「久坂さん、これはどうしたことか」



「会津薩摩が中川の宮を通じ、主上を説き伏せた様じゃ・・・我等は御門警護を解かれた」



「主上を・・・?攘夷の筈ではなかったのですか?!」



「その筈なんじゃが・・・・」



ふと、彼に疑問が湧き上がった。


天子様は攘夷論を推してくださっていた筈で、ご自身が攘夷主義を唱えていたのではなかったか?


なのに、何ゆえ今中川の宮が説得したとて、攘夷親政の儀を取り下げられた―・・・・




「あ・・・・」



久坂は思わず考え顎に添えていた手を離した。

主上の「攘夷主義」は我等と同じであったか否か。

自分達尊攘派は主戦的な攘夷論を唱えて来た。

当然攘夷とは外国勢力との戦争をするという事だと信じていたが・・・

一報で、主上は一向にその「戦え」との勅は下されたことが無い。

ただ、我等尊攘の志士や公卿が囁く異国批判にのみ賛同し、直接的に外国を撃つ事は詮議した事すらない。

要するに、単純な異国嫌い・・・。


だからこそ、戦勝が届く間は自分達に褒勅を下されても、敗走が伝えられるや此の度の様に無謀なりと行幸すら

いとも簡単に蹴ってのける。

それどころか、過激志士の活動は日本の安泰を損ねる危険な動きであるとさえ見ている風にも感じられた。


そして尊王と攘夷の影に隠された討幕論も然り―

・・・何より、主上は公武合体を許した方だった。

和宮と大樹との婚儀を当初反対したものの、元々親幕の心も持っていた主上は許し降嫁を実現させてしまっている。

長州や諸藩尊攘派の推した攘夷親政の影に「討幕」の意を孕んでいると気付いた会津と薩摩は公武合体派公卿である

中川宮を担ぎ此の度の政変に至ったのだ。

中川宮が主上に討幕の意図を伝え、長州こそ危険な思想であると説くのは然程難しい事ではない。

もともと親幕思考にあった主上だから直ぐにでもその説得に乗せられるだろう。

久坂は歯痒さに唇を強く噛み締めた。



そんな中で、ふと師・吉田松陰が口にした言葉が脳裏に浮かぶ。



(残念ながら長らく栄華の中にあった公卿様では何も変わらぬ。これから世界の強国相手に立ち向かって行くには、

幕府も、朝廷も、我が藩すらも必要ないのだ。日の本にある草莽達が立ち上がる他ない。)



久坂はハッとした。

今、正にそれを実感する時である。

主上は全てを解さず、恐れながら己の思想を依るべきものに非ず。

朝廷にしがみついても、結局何も変化がない、無駄に時間を割くばかりだ。


師の言葉はあの時の自分には難しく、日本にある権力の全てを否定する言葉に理解する事など到底出来ぬものだった。

しかし、今この局面でそれがどれ程確かなものであるか、久坂は感じ取っていた。


今この鷹司邸に集った七卿と藩士達の息巻いた言葉を聞いている彼の心はは如何しようもない虚しさで溢れていた。

その心のままに、ぽつりとやって来た桂に進言する。

彼は心底疲れきっていた。



「勅使の要請通り京都撤退をいたしましょう。」



その言葉に清末藩主、岩国候をはじめ、穏健派の幹部達は賛同し撤退を命じ始めた。

この後、再度勅使が訪れ来嶋又兵衛、真木和泉等強硬派の者達もしぶしぶながら、ついに撤退の支度を始めるのであった。





公武合体の流れが急速に都を包み、尊攘派はその殆どが息を潜め街は昨日とは一変した雰囲気を纏っている。

久坂達長州藩士や長州系公卿達は鷹司邸を退去して後、暫く妙法院に止まり幾多評議を重ねては時を待った。

しかし、早急な挽回の目途も立たず、遂に8月18日晩に長州へ完全に撤退する事が決せられたのである。


その晩は雨が降り、夏の暑さも忘れる酷く冷たい雨水が滴っていた。





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