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久坂玄瑞伝  作者: sigeha-ru
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終焉の炎(2)


文久3年、8月18日―


長州藩邸にあって横になり、久しぶりの休息をとっていた久坂の耳に聞いて久しい大砲の轟音が

鳴り響く。



「何ごとじゃ!?」



ガバと布団を跳ね除けて身を起こすと、同時に襖がガラリと開いた。

その向こうに、寺島等同門の士が青白い顔で佇んでいる。



「久坂さん!起きとられますか!」



「寺島!今のは夢ではあるまいな、あれは・・・」



久坂もドクドクと心音酷く、あの轟音がまだ脳内に響き木霊している様で、その表情は硬かった。

襦袢から、慌てて傍に掛けてあった着物に袖を通す間も寺島はじっと座って考え込んでいる。

やがて、身支度が済み短刀を腰に差すと、久坂はもう一度訪ねた。

俄に信じがたい事だけに、否定の言葉を聞きたかったが・・・。



「久坂さん、あれは確かに大砲の音です。あれ一発以降何もないが、間違いない現実に起こった事じゃ」



馬関での出来事が強く記憶に影響しての夢事と信じたかった久坂の期待とは裏腹に、寺島は信じがたい

といった表情で現実を口にする。

耳に届いた咆哮はあの一度だけ、それっきり不気味な程に静寂の闇につつまれ今は猫の鳴き声一つない。


久坂はゾクリと身を震わせた。


(何ぞ、良からぬ事でもあったか―・・・)


その心中察してか、寺島は再び口を開く。



「久坂さん、まだ起きるにゃ早かろう。もう暫く様子を見て、兎も角最悪の事態に備えここで情報が

入るまで善後策を懸案して待とうではないですか」



「・・・・・・あ、ああ。夜が明けて日が差せば何らか動きがあろうな。その頃に桂さんを訪ねて

みよう」




二人はそうして、時が経つのを待った。

いつもなら、まだゆったり眠っている時間だったが、今の彼等は夜明けがこれほど待ち遠しく覚え、

陽が昇るのを今か今かと待ちわびていた。







どれだけ待ったろう。

随分長い様に感じられる。

藩邸内はいつもならば、穏やかに人々の動きが始まるのだが、今日は―・・・



「戦が始まるのか!」



「何があった!」



「あの轟音を聞いたか」



「御門の方で何ぞあったらしい」



どかどかと廊下を歩きすれ違う毎に同じ会話が繰り返されている。

流石にこの日の藩邸内は情報が錯綜し、藩士達はやや混乱した様子でバタバタ邸内を走り回っていた。

中には、甲冑を取り出し身につける者までいる。

まるっきり、戦に向かう武士の井出たちである。


久坂と寺島は、藩士達と二、三会話を交わし、その間をすり抜けながら桂の自室を目指した。



「久坂さん、戦って・・・」



「解らん。が、出動命令が出とるらしいからな、これはただ事じゃない」



桂の部屋へたどり着くと、彼は返事を待たずに襖を勢いよく開いた。



「桂さん!」



「久坂君か、困った事になったぞ」



部屋には周布政之助も居た。

二人は何時に無く、沈痛な面持ちで対座している。

何があった―・・・と久坂が口を開く前に目を伏せていた周布が言葉を発する。



「落ち着いて良く聞きなさい。我等は薩会に都を追われるだろう・・・」



周布がそれから伝えた言葉は久坂にとって余りに衝撃的だった。


―早朝、長州藩士らが警護を預かる堺町御門へ出向くと、そこに居るはずのない会津、薩摩の

藩兵が陣取って門を固めて彼等の行く手を遮ったという。

銃口を向け、無理に通ろうとするならば発砲するという事である。

その信じがたい出来事に、藩兵は益田親施家老等に一報を出したそうで、その報を聞いた家老達は

100余名の藩兵を率い、堺町御門に向かった由。

今現在も薩会両藩と長州藩は御門前でにらみ合っているとの事だった。


全て聞いたところで、桂は大きくため息を吐いた。



「昨夜の内に、薩会が中川の宮を動かし、宮から主上に行幸の取下げを申請・・・我等の目論見は全て

水泡に帰したという事になる・・・」



「全て・・・」



「ああ、九門は会津が押さえ、三条様以下七卿もまた禁足を命じられたそうじゃ」



周布もまた、苦い悔しげな表情で吐き捨てる様に言い放った。

久坂は目の前が真っ白になった。

これまで築き上げて来た事が一夜にして瓦解した気がした。



ふと、藩邸外が騒がしくなった。

東久世卿が馬を飛ばして川原町長州藩邸に来たのだ。

それとほぼ同じくして、三条、錦小路、四条卿らがやってきた。

聞けば、一様に罷免された挙句謹慎処分に相成ったらしく、その声は恥辱の苦痛に満ちていた。



「斯くなる上は、鷹司様の元へ上がり、事の次第を伺って参りましょう。」



久坂は努めて冷静な口調で提案すると6人の卿は同意し物々しい護衛を擁した一団が藩邸より

鷹司卿邸へと向かったのである。

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