維新の礎(16)
久坂は視線を受けて、ふと当たりを見渡した。
まずは自身が座している長州藩士らの席、そして宮部鼎蔵ら肥後藩士らを・・・
(気のせいかな?)
久坂が気にせず言葉を続けようとしたが、やはりどうにも視線を感じる。
ちらともう一度宮部を見た時、後ろ側に控えめに座している若い藩士の姿を垣間見た。
「あ・・・」
久坂は思わず演説を止め、彼が冷ややかな視線の主だと気付き思わず間の抜けた声を上げて
しまったのである。
「久坂君どうした?」
宮部は突然言葉をとめた久坂を不思議そうな表情で見やる。
「あ、ああ・・・すみません宮部先生。あの、あちらの方は?」
あちらの・・・と言われ宮部は少し体を動かし、久坂の指す方を見た。
久坂の指すほうには丁度あの青年が居る。合点がいった様に宮部は成る程と久坂と青年の
顔を交互に見比べた。
「ふむ、成る程。あれは河上と同門でな、加屋榮太と申すもの。いや、それにしても何か
感心でもお有りかね?」
「いえ、先ほどから鋭い視線を以って居られた故・・・どなたかと思いまして」
久坂の返答に続いて宮部が何かを言おうとした時、後ろに控えじっとしていた青年−加屋が口を
開いた。
「久坂殿、先ほどからの演説お見事でございました。つい先を先をと論を求める余りに・・・・
兎も角ご無礼はお詫びいたす。宜しければ続きをお聞かせ下さいませぬか?」
おそらく久坂よりも年長と思しき加屋榮太の言葉は武張った印象からは想像つかぬ穏やかなもの
で、実に謙虚だった。
久坂は思わず自身も姿勢を低くして、彼の流れに自然沿う形となる。
「恐れ入ります。こちらこそ先程は無礼を致しました」
それら一連のやり取りを見ていた宮部は先を担う若者達の結束の糸が紡がれていくであろう様を
見て、一人満足そうに微笑むのであった。
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彼らが尊皇攘夷の志を以って結束を図らんとする時、同じく京の中枢では着々とそれを阻止する
者達の手管が延ばされつつあった・・・。
維新を遅らせたあの事件まであと僅かの時間となっている。
坂や宮部ら尊攘を掲げ生涯を通じ全うせんと目論む純粋な思想家にとって、維新は夢の入り口であり
また、万民の理想とする国家の始まりである。
彼らの生涯を賭けた戦いがここから始まるのであった・・・・。