維新の礎(7)
吉村寅太郎の訪問で久坂は、島津候上洛の意を知り大いに焦った。
この時期に蟄居となっている我が身を恨みながら彼は必死に画策するのであった。
「この様な大事な時期に蟄居なぞしとる場合ではないというに・・・。島津候が御上洛
なさるのならば志士達の士気も大いに上がる事だろう。それなのに、長藩は今だ
長井の詭弁に揺すられて満足に動く事すらままならん・・・!」
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「・・・・久坂君・・・・」
ハッとして久坂は自分を呼ぶ声へ頭を上げると先ほどから対座している大楽が
少し心配気にこちらを覗っている。
「大丈夫か?」
「ええ、済みません源太さん。そうそう、少し前に土佐から二人も訪問者がありまして
ね。ほら、吉村殿と坂本殿がいらしたのですよ。ご存知ですか?」
「ああ、そういえばあの時は君への訪問者が絶えなかったな。で、彼等は何と?
先ほどからそれを思い出して考え耽っていたのでは無いのかね?」
大楽はすかさず話を切り返した。長年の付き合いで凡そ彼の思考は汲めている様で
共に良い理解者となっていた。
「その通りです。彼等から聞いた島津候上洛話を思い出して改めて自分の不甲斐なさを
痛感しておりました。」
「ほう・・・その不甲斐なき自分を払拭する為に今から動くんじゃろうが。」
そういって大楽は久坂が先ほどから握り締めている紙切れを指差した。
「あ!そうでした、此れを開くと言ってそのままにしとりましたよ。じゃ、源太さん
開きますね。」
久坂は丁寧に折りたたまれた紙を広げ文字に目を通し始めた。
見る見るうち彼の表情は真剣なものへと変わる。
「成る程・・・これなら・・・・いけるかもしれない。早速行動に出よう。」
「ああ、それがよかろうて。じゃが久坂君くれぐれも慎重に・・・。」
「判っとりますよ。これで長井との論戦もひと段落つくじゃろう。」
「お、こりゃいつの間にか夜更けになっとるな。それじゃぁそろそろ私は・・・」
そういって大楽は軽く礼をすると退出しようとした。
「あ、源太さん。待ってください。今日はもう遅いですし泊まっていってください。」
立ち上がり去ろうとする大楽の袖をグッと掴むと久坂は大きな声で妻を呼んだ。
「おうい、お文。ちょいと来てくれんか。」
「久坂君。急では悪い、やはり・・・」
「いやいや、折角ですし夜まで語らいましょう。源太さんさえ良ければ是非そうなさって
下さい。」
そこまで言われればと大楽も彼の意見に頷き再び座布団へ腰を下ろした。
そうする内にお文がパタパタと小走りに走り寄って来た。
「檀那様、何か御用でしょうか?」
「ああ、源太さんに泊まって貰おうと思うてな。すまんが支度を頼みたいんじゃが。」
「まぁ、それはそれは。大楽様お待ちになってね。直ぐに支度致しますわ。」
久坂の言葉を聞いてお文は何時もの明るい口調で嬉しそうに大楽を歓迎した。
翌日から久坂は支度を始めた。
これまでも長井雅楽の暗殺を企ててみたり、何度か建白書を提出してきたがもはや
長州藩にはそう時間は無い。
この航海延略策は維新政府の方針に近しい近代的なものであったが、当時尊攘思想に傾倒
していた志士達に理解し難いものであった。
勿論久坂達過激な攘夷思想家もそれに該当する。
断固として長井論には反撥し、決起か脱藩かというギリギリの交戦を続けてきた程である。
「よし・・・これを最後の建白としよう。これが通じなければ・・・覚悟は出来とる・・・。」
藩主に対する村塾生を始めとする尊攘派志士らの最後の建白書を丁寧に仕上げると、久坂は
それを周布に託すのであった。
これまで温厚な藩主は極刑を求める久坂らの建白に難色を示していたが、今回は覚悟の旨しかと
書き綴っている。どうでるか・・・、久坂は周布の使いが去ってゆくのをただ見つめていた。