維新の礎(4)
大楽源太郎が出した一枚の紙切れ。
彼は口の端を上げて意味ありげに笑って見せた。
「これないと広めてみればどうかね?」
「え・・・?」
「但し、これを実行するのはまだまだ先だろうが・・・」
そう言って、久坂に紙キレを手渡すと何度も未だ開くなと念押した。
夕方になって大楽邸を後にすると、久坂は一路村塾のある松本村を目指して歩いた。
杉家へ戻り、文の出迎えを受けた。
夕食を家族団欒の中で取った後、自室へと篭る。
机に向かって先程大楽から渡された一枚の紙キレを封したまま手に取って頭上に掲げ、思案する。
(未だ開くな・・・・か・・・・)
何度も念を押す親友の顔が脳裏に描かれる。
そこまで言われると逆に開きたくなるのが人間の性なのだが、敢て親友の願いを裏切るまいと
久坂は句帖にそれを仕舞い込んだ。
「檀那様?」
「ああ、お文か。どうした?」
何時の間にか、文が部屋の入り口に正座していた。
どうやら手に茶器を乗せた盆を持っているらしいから机に向かっている夫に茶でも運んできたのだろう。
「お茶をと思いまして。」
「ああ、すまないね。」
そういって茶器を受け取ると、お文は微笑を残して部屋を後にした。
久坂は再び思考を戻し茶を一口だけ啜って机の上に置いた。
(源太さん・・・僕はいざとなったら彼を斬りますよ・・・)
平安古の親友に声に出さず話しかける。
久坂は手近にあった書物を徐に手にとって適当な頁をパラパラと捲る。
その書物はいつの事だったか、亡師・吉田松陰から譲り受けた国学書であった。
「松陰先生・・・貴方ならばどうしますか・・・?」
久坂はポツリと今は亡き師に語りかける。
当然返る言葉は全く無いが・・・それでも言わずにはいられなかった。
彼自身、ここまで頭を悩ませたのは松陰との始めての手紙のやり取り以来だったろうと思う。
あの時も、こんな風に悩んでどう返事を書こうか頭を抱えたものだった。
(でも・・・このまま考えてばかりでは何も始まらん・・・。何か出来る事を模索せねば!)
手にとっていた書を畳みの上に置き、久坂は何かを決意したかのように、拳を握った。
(また京へ上がろう。他藩にこれ以上遅れを取らぬ為にもここで動かねば!)
翌日、松本村の杉家へ藩庁より一つの命が下る。
そんな決意を掲げる久坂に、翌日蟄居命令が出されるのだった。