維新の礎(2)
翌朝久坂は、平安古の大楽邸を訪れていた。
一燈銭申合せの時以来、直ぐ京へ上がってしまったから彼とは随分会って居ない
事になる。久坂は久しぶりに会う親友との再会と談笑の様を思い描き意気揚々と
路地を歩いていった。
「済まんが主殿は居らんか?」
ドンドンと玄関の門戸を叩く。
暫くすると邸の中より一人使用人と思しき老婆が姿を現した。
「はいはい、お待ち下さいまし。ちと覗うて参りますけん。」
間延びした声で老婆は告げると屋内に姿を消した。
そうして、暫し門の脇で立って許しを待っていると中へ入っていったあの老婆が
足早に駆け寄って来た。
「すみませんねぇ。お待たせしちょって。さ、どうぞお上がり下さい。」
先程とは打って変わって老婆は多少しっかりした口調で久坂を奥へ通した。
「いえ、こちらこそ急に訪ねてきて申し訳ない。源・・・大楽先生はご在宅なのですね?」
「ええ、ええ、ここ数日は書斎に篭りっきりで。何かに必死に打ち込んでいらっしゃる
様で御座いましたよ。食事もそこそこで・・・あたしゃぁ雇われの身じゃが流石に心配でなぁ・・・」
老婆と主である大楽源太郎は親子程年が離れているらしい。
久坂は、老婆の心使いを我が事の様に暖かく感じながら、書斎への道を案内され歩いていった。
「さぁ、此方で御座ります。」
「ご主人様、久坂様で御座いますよ〜!」
年を思わせぬ軽快な声に閉ざされた襖がガラリと開いた。
「おタネ、そんな間近ででかい声出さんとも聞こえとるぞ?それより、済まんが茶を二つ用意
しちゃくれんか?ああ、此れやるから後は休んで良い。」
大楽は小さく綺麗な箱を老婆・・・おタネに手渡し笑いながら言った。
箱の中身が解ったのか、老婆は頬を緩めるとお茶を煎れて来ると言い残してそそとその場から去っていった。
「それにしても久坂君、久しぶりじゃ。」
大楽は襖を開けて立つ彼を嬉しげに迎え入れると、座布団を差し出して対座させた。
「源太さんも元気そうで安心したよ。時におタネ婆さんが随分心配していたぞ?」
「心配??あの婆様がかい?」
「最近書斎に篭りがちで食も疎らだそうじゃないか。いかんぞ?それで身体を壊しては
元も子もないじゃないか。」
心配な気持ちを全力でぶつけて来る親友の気持ちと、身近にあって世話に当たっている
タネ婆さんの心配性を知って、大楽は心底嬉しく感じた。
「ああ、君らにそう言われては敵わんなぁ、今後はちと気を付けるとしよう。」
「本当にそうしてくださいよ?源太さんは無茶するからなぁ。」
「悪かった悪かった。・・・で、今日は?」
笑いの雰囲気と暖かい雰囲気が流れていた室内の空気を一変させ大楽は本題に入ろうとした。
彼の先程とは打って変わった真面目な表情に久坂も気を引き締める。
「ええ、実は・・・藩論の事で・・・なんですが」
「航海延略・・・か?」
久坂が言葉を濁したその部分を大楽はズバっと明かしてみせる。
「はい。・・・本当に源太さんは情報通だなぁ。お見通しですか僕の目下の任務ってのが・・・。」
「ああ、世間で騒がれている公武合体に近しい政略だそうだな。しかも、よりにもよって我長藩で。」
「源太さん、今藩政を牛耳っている寵児の事はご存知で?」
グッと膝を付け合って密談さながらに二人は近づき話し合うのだった。
久坂と大楽の久しぶりの議論が始まろうとしていた。