上洛論戦(13)
結局久坂は寺嶋・伊藤に引き摺られながら大門を潜ると通り一面艶やかな空気が
流れていた。
「ささ、久坂さん。行きましょう。」
伊藤が何時もより乗り気に手を引っ張る。
彼等に引かれ、歩いていった先に一軒の揚屋が。
小さく書かれた表札には”角屋”とあった。
「俊輔、どうする気じゃ。京へは遊びに来たわけじゃないと・・・。」
久坂は困り果てて伊藤と、隣に居る寺嶋に声を上げた。
「久坂さん、ここまで来たら観念してくださいよ。」
伊藤が可笑しそうな表情で久坂を宥めている。
「そうそう、これも今後の対談接待の為の前準備もとい勉強じゃ思うて。」
寺嶋も伊藤の言葉に続いて言う。
「しかしな・・・・・・・」
久坂がまだ納得行かずと口を開いたその時、建物の中から一つ高い声が掛けられた。
「あら、伊藤はん?何時もおおきに。」
「おう、久しぶりじゃ。今日も頼むぞ。」
中から出てきたのは紅梅の装を纏った芸妓であった。
彼女は伊藤の姿を認めると、嬉しそうな顔で彼に走り寄る。
伊藤はそんな妓を広く腕で受け止め抱きすくめると、優しく呟いた。
「浅菊、今日は新しい同志が来とっての、良い妓を誰ぞ紹介してくれんか?」
「あら、そういう伊藤はんは?」
浅菊と呼ばれた妓は蕩ける様な視線を送り、伊藤に縋る様に問うた。
「菊・・・妬いとるのか?心配せんでも今日もお前を選んじゃるぞ?」
「まぁ、嬉しおす・・・・。ほな、うち他な妓呼んで来ますさかい。」
浅菊は、嬉しそうに口元を緩めると、やり手に案内を任せ、自分は奥へ引っ込んで
しまった。
「・・・・・・・・・俊輔、寺嶋・・・・・・・・・・・・・。僕は帰・・・」
「駄目ですよ、久坂さん。覚悟決めてください。」
「行く行くはこういう場所で会合も行うんじゃから。」
「・・・・・・・・・・・。」
廊下を歩き歩き彼は渋々に付いて行くしかなかった。
やがて、一室に着くとそこはそとからは解らなかったが、豪華な屏風や装飾に彩られた和室が
彼らを迎えた。
「凄い・・・・。」
久坂はその贅沢に飾られた装飾部屋に息を飲んだ。
今まで慎ましく生活してきた彼にとっては見たことも無い、別世界。
そうこうする内、静かな一室に高い声が響く。
「お待たせしました。」
「おお、浅菊!待ったぞ。」
伊藤は声だけで解るのか、直ぐに先程会った芸妓の名を呼んだ。
そして、それに応えるかのように、障子がすっと開かれるのだった。
「伊藤はん、久坂はん、寺嶋はん。ようお越しくださりました。」
「浅菊、そがな所に居らんとこっち早よ入らんか。」
待ちきれぬといった風に伊藤は自分の隣の座を叩く。
「へぇ、本にせっかちやなぁ伊藤はんったら、ふふふ。」
カラカラと鈴声を立てて、浅菊は望むままに彼の傍へと腰下ろす。
「ほな、皆お言葉に甘えて入り?」
浅菊は呼んできた二人の美妓に入室を促すと、自分は早速伊藤に向き直り杯を進める。
彼女に呼ばれ、それぞれの相方となるべく芸妓達が入室すると、先程の装飾に負けず劣らずの
艶やかかつ豪華な雰囲気が場を支配するのであった。