上洛論戦(12)
賑やかな京の町並みを堪能したその晩、久坂は藩邸で食事を済ませると書斎に入り
書物を読み耽っていた。
「久坂さん、起きとられますか?」
襖越しに誰かが呼んでいる。
久坂はその声に聞き覚えがあったので、声の方へ振り向くと立ち上がってそちらへと
歩み寄っていく。
「ああ、寺嶋か。どうした?」
「いや、ちょっと所用で。って、久坂さんは夜は何時もこうですか?」
「・・・?まぁ、寝るには早いし今日は特にする事も無い。郷の知人達へは此処へ来て
直ぐ書簡を送ったからなぁ。」
ふっと視線を綺麗に整えられた机へ向け、再び寺嶋へ戻すと其処にはいつの間にやら
もう一人、人が増えている。
「君は・・・・」
「伊藤です。伊藤俊輔ですよ、久坂さん。ほら、村塾の・・・」
「ああ、知っているよ。久しぶりだなぁ。君も此方へ来ていたのか。」
同門であり、盟友とも言える3人が人所に集い互いを懐かしみ合う。
久坂は、真に二人の同志との再会を喜んでいた。
そんな彼に、彼等二人・・・特に伊藤の本来の再来理由など解ろう筈も無く。
一頻り懐かしい会話を堪能した後、伊藤は円を組むように座っていた自分の座布団を
ズズイと中心に寄せると久坂へ顔を寄せ、耳に口元を近づけると囁いた。
「なぁ、久坂さん。これからちょっとだけ良い所があるんじゃが酒ないと飲まんですか?」
「酒・・・?」
久坂とて酒は嫌いではない。
それに、一度来ただけの京の都で良い店など知らない久坂にとって、伊藤の紹介は
有りがたい。
今後彼が成そうとしている他藩との交流に使える店を紹介してもらえれば儲けもんだ。
久坂は二つ返事で承諾することにした。
「・・・・・・・・で、未だなのか?」
かれこれ一時程歩いている気がする。
藩邸など当の昔に見えなくなってしまった。
前を歩く伊藤は軽い足取りで飄々とした態度を崩さず歩く。
「まあ、もう少しで着きますから。」
そういう彼を一瞥して辺りを覗うと、昼間来た色町の界隈独特の空気が漂っている。
「おい!ここらは・・・・・・!」
「へ?なんですか久坂さん。京都で御茶屋っていったら・・・ねぇ?」
「ああ、ほら、昼間も通ったでしょう?」
伊藤、寺嶋の言葉で昼間のあの芸妓達の熱っぽい視線が再び彼の脳裏に蘇る。
「な・・・!それでは、今から行く所って・・・・!!」
「そう、この辺じゃ有名な界隈でね。・・・ほら見えてきましたよ。」
嬉しそうに伊藤が指差すそこにあるのは、島原大門。
京では祇園と共に、多くの美妓が揃っている大掛かりな揚屋が並び建ち、人の出入りも多い。
「・・・・!しかし・・・・」
「まあ、お堅い事は抜きにしましょうよ。折角ですし、それに・・・こういう所は密議には持ってこい
なんですよ?貸切も可能ですからね。芸妓ってのも以外に口の堅い者達でね。」
「・・・・・・。」
「安心して会合出来、その上美妓に酌をさせ楽しめる。正に一石二鳥!」
「全く、僕がここへ来て毎夜抜け出す連中が居ると思うたが・・・・君達か?」
「へへ・・・まぁ、あの芸妓達に泣き縋られて放っておく男は居らんでしょう?」
伊藤はそういって頭を掻きながらにんまりと笑った。
結局久坂は何度かに及ぶ二人の説得により、女郎界隈へと足を踏み入れるのであった。