上洛論戦(11)
京都へ辿りついた久坂は藩邸で一晩を明かすと、早速市外に繰り出す。
最近は土佐や薩摩などで、尊皇攘夷を謳う者も多く京の町は何時もの都の雰囲気とは
また違う、物々しい空気に染まりつつあった。
「はぁ・・・京の都も以前とは変わったのぉ。目つきの悪いのがよけぇ居るわ。」
練り歩いて志士と思しき人間を探すと、志を疑う程のゴロツキ連中の姿が視界に入る。
おそらく、長州藩で最近始めた同志募集に食い扶持求めて各地から集まってきたのだろう。
久坂は軽い失望と頭痛に大きく溜息を洩らす。
この大勢の中におそらく心底思想を求める者は極一握りしか存在せんだろう・・・。
それらを果たして全て拾い出すのに、随分無駄な労力を要してしまうのは間違いない。
考えながらフラフラ歩いていると、一件の茶屋から大きな怒声が響く。
驚いて、その棟へと歩いて覗うと、刀を佩いた大男数名が討論を交わしているらしい姿が飛び
込んで来た。
(もしや・・・薩摩か・・・土佐の志士が会合を・・・?)
美しい美妓を侍らせて、酒を囲み優雅な空間での談合。
・・・・らしいのだが、如何せん聞こえてくる声は怒りを微かに含んだ穏やかでは決して無いもの。
美妓達はそれぞれに相方と方を寄せて黙って聞き入っている。
暫く中を覗っていたが、余り覗き見るのも宜しくないなと思い直し、そこからまた別の場所へ歩き出した。
「久坂さん!」
後ろから声が聞こえる。
はっと振り返ると、同志であり、同門の寺嶋の姿があった。
「ああ、寺嶋か。君も同志集めかい?」
「ええ、それもあるのですが・・・・・ちょっと。」
意味ありげに口の端を上げ久坂へ近寄ってくる。
「なんだ?気持ち悪いな。はっきり言ってみぃ。」
僅かに近づいてくる寺嶋から身体をそらすと、久坂は口をゆがめて言う。
「いやぁ、同志集めも結構ですが、ここの美しい芸妓達を少しばかり拝見しようかなと思うて。」
緩んだ表情で寺嶋は久坂の肩に手を置いて耳打ちする。
それを聞いて久坂はまた小さく溜息を吐くと、ほどほどになと小声で囁いた。
「しかし、僕らは有志を募りに此処へきているのだぞ?芸妓と遊ぶなぞ・・・」
「そんなこと言って、久坂さんもたまにゃ構ってやらんとほら、可哀相じゃないですか?」
にやりと笑って寺嶋は視線を久坂から町並みへ移す。
それに釣られるように久坂も彼の向くほうへ視線だけ送ると、そこには鮮やかな着物に身を包む
妖艶な美妓達の姿があった。
彼女たちも又、彼等に視線を投げかけている。
「・・・・・・坊主が大小を佩いているのが珍しいんじゃろうか。」
頭を軽く磨りつけ、久坂は苦笑いする。
「違いますよ。きっと久坂さんが男前じゃからじゃろうて。」
寺嶋は妓達の視線の意味をそう解釈付けた。
「まさか!」
冗談はよせと言わんばかりに久坂は寺嶋を軽く睨み付けたが、飄々としている彼へその睨みも
全く皆無と成ってしまう。
「・・・・・・ああ、ほら、行くぞ!」
全く何を言っても通じないと悟った久坂は寺嶋に一言そう言い捨てると、微かに朱に染まった顔を隠すように
振り向きもしないでさっさと芸妓達とは反対の方向へ大股に歩いていった。
その姿を寺嶋は実に楽しそうに見つめ、面白い遊びを見つけた子供のような表情で後を追うのだった。