上洛論戦(5)
桜の下で詩を吟じ、酒を嗜む久坂達の元に一つ朗報が届いたのは午後。
幕府の政権を掌握する人物・井伊直弼襲撃の報は瞬く間に広がり、同志を
失った志士達はこの報を聞いて涙を流し歓喜したという。
久坂達とて例外ではない。この急報を聞き、それぞれに敬愛する師を思い
描き大いに喜び合ったのである。
朗報を耳にして翌日、久坂は久しぶりに良い朝を迎えた。
桜の丘から岡本邸に引き返してからまた4人は室内で酒に酔い語り明かした。
その晩は昨夜のそれとは全く異なり、それぞれが味わった悲痛な思いを解放
する事が成就した実に充足したものであった。
(ああ、先生もこれで少しは喜んでくださるだろう。あとはお志を僕等が継続させれば
良いのだ・・・・・・)
無念の死を与えられた松陰に、久坂は瞑想し心の内で語りかける。
隣で眠っている大楽・中谷も同じ様に敬愛するものを大獄で失っている。
ここでは皆が等しく同じ様な境遇にあるし、幾分張り詰めていた気持ちが解れる様
だった。
暫くすると、隣の掛け布団がもそりと動いた。
「ん・・・・。あ?久坂君・・・お早う。どうした・・・随分早い目覚めだな。」
「源太さん。お早う御座います。ええ昨日の興奮が冷めぬようで、何時もより早く目を
覚ましてしまいましたよ。」
明るくなり始めた室内に目を覚ました大楽は隣で起き上がっている久坂を見つめる。
やや寝ぼけ眼の友人に久坂は笑みを含め返答するのであった。
「ああ、そうだね。私もまだ夢を見ている様な気分だ。あの井伊直弼がよもやあの様な
最期を迎えることに成るとは・・・・いや、全く予期せぬ事ではないにしろ余りにあっけなく
早かったからな。本当に天命には逆らえぬものだ・・・。」
そう言って大楽は喋り終えると深いため息を吐いた。
久坂も相槌を打ちながらただただ大楽の言葉を聞いていたのである。
やがて起床時刻になり、一同揃うと今度はそれぞれ在るべき場所へと足を運ぶのであった。
久坂と中谷は岡本邸を出てから直ぐ大楽と別れ、来た時と同じ様に萩への山道をひたすら
北へ北へと上がっていくのだった。