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久坂玄瑞伝  作者: sigeha-ru
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幕末期到来(5)




門戸に立つと、久坂は大きな声で家人を訪ねた。


「御免ください。どなたかいらっしゃいませぬか!」


久坂の声は通りが良く、尚且つ美声であるから聞こえぬ筈がない。しかし、その声を発してから暫くしても家人と思しき人影は見当たらぬしその存在の気配そのものが全くと言っていいほどないのである。

これには流石の久坂も首を傾げた。・・・それもその筈。人が居る事を証明する要素がいくらかこの家にはあるからだ。

玄関の戸は開きっぱなしになっており、庭の草木に先程撒いたと思われる水がまだ乾く事無くに葉の先から滴っている。

居留守か。それとも家人が居眠りでもして居るのか・・・折角松陰に対しての返書を自ら運んできたというのに・・・何れにせよ気分の良いものではない。

久坂が落胆してそこから立ち去ろうとした時、背後からサクサクっと砂地を蹴る音がした。


(・・・!?なんだ・・・・・・やっぱり人が居るんじゃないか・・・)


少しムッとしたが、それを表情に出さぬよう努めて冷静な顔を作り後ろを振り返った。振り返った久坂が目にしたのは、一人の娘の姿であった。

彼女は久坂の姿を認めるや、


「申し訳ありませぬ。すっかりお待たせしてしまいました。宜しければご用件お聞かせ願いますか?」


娘は丁重に待たせたことを詫びると、久坂に遠慮がちに訪ねる。


「いえ・・・とんでもない。私は久坂玄瑞と申します。実は吉田松陰殿より一通封書を頂きましたので、本日は返信を届けに伺った次第です。」


久坂は内心松陰の書簡の事もあってか、口調に少なからず苛立ちを滲ませていたが娘は気にして居ないのか、気付いて居ないのかただ頷いて彼の言葉を聞いていた。


「・・・そうでしたか。」


娘はそう呟いて、改めて突然の訪問者の姿を上目遣いに(久坂との背丈の差が有る為)眺めた。


「ああ、刀を佩いた坊主頭じゃ変に思われても致し方ないですな。これでも藩医の卵でして、決して怪しいものでは・・・」


自身の容姿を危ぶまれているのかと思い慌てる彼を見て思わず娘はふふと笑った。


「まぁ、御免なさい。そんな怪しいだなんて・・・ふふ、余り珍しいお客様でしたからつい・・・。」


久坂は、ふと娘を見やる。

美人とは言えぬが、言葉を聞けば聡明さが伺えあどけない清らかな少女と見て取れる。娘の応対から見ても、ちゃんと躾と学を覚えた武家の娘に相応するものが伺える。


「あの、失礼ですが・・・杉家(松陰の実家の姓)の方でしょうか?」


「あら、私とした事が。失礼致しました。如何にも私、松陰の末妹で文と申します。」



娘は文と言った。後に久坂の妻となる人である。

勿論この時彼等は共に夫婦になるなど想像もしなかった。しかし、久坂にとって文だけが運命の出会いではない。これからこの今は少なからず憎しと思っている、吉田松陰が終生の師となろうと言う事すら予想だにしないのである。


「兄は今幽閉の身。本来ならば会えぬのでしょうが・・・久坂様ならば。兄も会うかと思います。今伺って・・・・・・」


文が言い終えるより先に久坂がその言葉を遮り、彼女の手に持参した封書を預ける。


「いえ、突然の訪問ですので。それは失礼になりましょう、此度はこれだけお渡し願いますか?」


「しかし・・・・・・・・・」


「また少し落ち着いた頃を見計らってお伺いいたします。申し訳ないがこれにて失礼致します」


そういって久坂は一礼するとその場を足早に立ち去った。

残された文はそれを暫く見送ると、思いたった様に松陰のいる幽閉室へ消えていった。



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