上洛論戦(3)
悲しみに暮れた安政の大獄。
多くの尊き命が散っていく日々、遺された者たちの悔恨の念は日を追う毎に大きく成ってゆく。
久坂玄瑞ら村塾生、そして幾多数多の志士達もまた同じく悲嘆に暮れていた。
そんな中、久坂はかねてより約していた大楽源太郎との再会を果たすべく遠い山向う、瀬戸内側に
位置する防府へと向かっていた。
大楽源太郎は萩で生まれ暫くは久坂玄瑞と近隣にあって平安古に住まっていたが、縁組事情も会い
重なって、今は台道(防府市)へ移住していた。今日はそんな彼の誘いにより同じ防府に済む岡本と
言う学者邸で落ち合うようになっていた。
久坂は夜明けと共に萩を出立する際、同門の中谷を誘い出し一路萩の街道を南へ下っていた。
今現在と違ってこの頃は兎に角駕籠や馬でも使わぬ限りは皆一様に徒歩での大移動であったから、
山口(湯田温泉町辺り)へ着く頃には既に正午を過ぎる程であった。
「なあ、玄瑞。この分だと夕方・・・最悪日が変わる前にはあちらさんへ着けるかのお。」
正午になってようやく山口入りを果たした2人の若者は、一休みと称して茶店の縁側に腰掛けている。
中谷は草鞋の締め具合を確かめながら、ちらりと久坂を仰ぎ見る。
「ああ、まぁ今の調子で歩いていけばなぁ。」
「大楽さんは台道からか・・・近いけぇ良いなぁ。はぁ、遠いのぉ・・・。」
淡々となんでも無いかのように告げる久坂に、中谷は大きな溜息を吐いてぽつりと小さな愚痴を漏らすと
ずずっと茶をすするのである。
それを見て、久坂もやれやれといった表情を一瞬向ける。
「ま、愚痴言っても仕様が無いじゃろう。さぁ、もう一頑張りじゃ、先を急ごう。」
「ほいほい。じゃ行きましょうかいの?」
そう言って二人は席を立つと湯田の茶店を後にした。
二人がいよいよ防府へ入ったのは完全に日が落ちた時刻であった。
「ようやっと着いたのぉ。」
「そうじゃの。まぁ取り合えず岡本さん所へ急ごう。」
一旦防府へ入ってしまえばあとは近いものである。防府宮市はほぼ防府の中心に位置する場所である。
久坂と中谷の両人は足早に宮市・岡本邸を目指すのであった。
岡本邸にたどり着くと、二人は快く出迎えられた。
「よく来て下された。さ、お上がりなさって。もう大楽さんもお見えですよ。」
主人が笑顔で出迎えてくれる。どうやら約束の大楽源太郎は既に到着しているらしい。
家屋の門を潜り、客間へ導かれると言われたとおり先にたどり着いた大楽が既に待っていて彼は久坂を
見るなり立ち上がり、嬉しそうに彼を迎えた。
「おお、久坂君。中谷殿もお久しぶりですな。今宵は大いに語り合いましょうぞ。」
「源太さん、お久しぶりです。お変わりなく何よりです。」
「ご無沙汰しとります。勿論こちらもそのつもりで土産話からたくさん用意して来とりますよ。」
口々に再開を喜び合う彼等を岡本は満足そうに見守っていた。
懐かしい盟友の再会・・・
そしてこの翌日にもたらされる報・・・・・・
歴史の波はやがて彼らをもその渦に飲み込んでいくのである。