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久坂玄瑞伝  作者: sigeha-ru
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激動の風(13)






明くる日、久坂は一人きりで松陰の投獄されている野山獄を訪れていた。



「先生・・・松陰先生、玄瑞であります。」



鉄格子越しに師・松陰にそっと語りかける。

すると、薄暗く狭い格子の中で細い体を僅かに動かし声に近づく影があった。

久坂玄瑞の義兄・吉田松陰寅次郎その人である。



「ああ、実甫。君が帰って来ている事は人づてに聞いてましたよ。よく無事で・・・。僕はこの通り

計画にも失敗し、家族や入江兄弟、幾多数多の人々を巻き込んでしまいました。獄にあるのも今は

已むなしと思ってますよ。」



疲れた声で松陰はゆっくり話すが、その口調は少し前の荒々しい彼のそれとは異なって、塾生が

敬い慕った優しいものであった。

久坂はこの声を聞いて心配する反面、やっと元の“先生”が戻ってきたのだなと少しだけ嬉しく思えた。


しかし、喜んでもいられない。あの計画には松陰から助けて欲しいとの声があった。

でも、自分達は時期尚早と訴え結果として彼を一時的に遠ざけてしまった・・・。

その負い目は今もまだしっかりと残っている。



「先生、先の一件については申し訳ありませんでした。僕等もできる限り先生のお力添えをしたい、

しかしながら此度の事は時期が早いと思い・・・仲間達と相談した結果あの様に先生をまるで

裏切るかのような事に・・・・・・・。」



久坂は苦痛の表情を浮かべながら、ポツリポツリと掠れた声で言葉を紡いだ。



「実甫。もう已めましょう。計画が断念されたのはもはや天命。今はその時ではないという天の声

だったのでしょうね。私は本当の所天命というものは余り信じていない方なのですが、今回の事は

さすがにそれと思わざる得ない。」



「先生・・・。」



「実甫よ。私はね、そう長くは生きれまいと思っている。今回の事では無いが、言論が危うしと幕府方で

囁かれているとも聞いた。近いうち江戸へ呼ばれるだろう。」



「え・・・!」



「ああ、これから私に如何なる事があろうと君はひたすらに君のやり方でこの国を変え守っていって欲しい。

私がたとえその時居なくても君達は前進するのだ。」



「・・・・・・。」



もはや久坂に言葉は無かった。ただ項垂れて何度も頷くばかりである。

松陰の悲痛な言葉に彼は目の奥がジワリジワリと熱くなるのを覚えた。



(まるで死期を悟った人間のようだ・・・。この人はもはや命も時間も国家に捧げているのだ。その為の

犠牲になる事も厭わぬ程に・・・・・・)



今の松陰は正に長州人の枠を超え、日本の草莽志士そのものであった。久坂は威厳ある姿で正座する

師の姿を眼に焼き付けるのである。


その翌日、ついに松陰に江戸送還命令が下された。



吉田松陰寅次郎、国家転覆を企て民衆扇動を図った疑い・・・・



この様になんともはっきりせぬ曖昧な容疑をかけられ、家族や知人、門弟らが総出で見守る中江戸行きの

小さく小汚い駕籠で長く辛い旅に出るのだった。


涙松の別れがこの様な形で再び彼に訪れようとは誰もが予期せぬことであった・・・・・・。









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