激動の風(9)
暗殺計画騒動から一夜明け城下はようやく静けさを取り戻したかのように思えた。
指月城内・・・・・・
先日の事件を重く受け止めた藩主は、重臣連を召集し善後策を議論しあうのであった。
「吉田松陰他関わった者は悉く捕縛した。しかしながら、まだまだ油断は出来ませぬ、あれ程大事な
計画・・・彼等3名だけで成し得ようか?」
「む・・・確かに寅次郎には入江・野村兄弟以外にも優れた弟子達が居る。奴等が全く動かないのも
疑問じゃな。別の密命を受けていたら・・・?!」
「これ以上騒ぎを大きくして幕府側に知られでもすれば取り返しつかぬ事になろうぞ。ここは、危険と
思しき者達をバラバラに帰藩させるのが妥当では?下手に急かせばアレらも反抗するやもしれんしな。」
「しかし、無茶苦茶な計画は兎も角あの者たちは将来我藩を支える有望な人材。ここで敢て皆罪を緩く
とって恩義を掛けた方が宜しいのでは?」
藩城内で激しい議論が闘わされている。
そんな中、周布と来嶋は一言も発せずただ黙って彼等重臣の討論の様を傍観していた。
−萩城下・・・平安古の路地。
ここを先の騒ぎにも関わらず一人、大楽源太郎は刀を佩いてのんびり歩いていた。
「全く・・・。昨日は騒ぎのお陰で落ち着いて書物を読むことも儘ならんかったな。」
そう呟いて今だ議論が繰り広げられている高い城を見上げた。
大楽は先日飛脚から受け取った一枚の手紙を懐から取り出すと、送り主の署名を目で追うのであった。
(―久坂君、君の師は遂に囚われの身となったぞ。同志もな・・・。君にも何れ何らかの沙汰が下ろう。
その時君はどうするかね・・・・・・。)
遠く東の地へ身を置く友へ心の中で静かに話しかける。
当然返答は無いが、相手からの答えが聞こえた可の様にフッと苦い笑みを浮かべて彼はまたゆっくりと
何処へとも無く歩く。
(・・・吉田松陰はこの位で萎える男ではないだろうが・・・。これからどうしたものかな。此度の事は
きっと藩内だけでは片付かぬ問題となろう。時代の流れは大きく動くな。)
「さて、私もそろそろ国暇でも取ろうかな。そろそろ京へ上っても良い時期だろう・・・。」
両腕を大きく天へ伸ばし、誰へとも無く力強く空へ向け宣言すると相棒の刀を軽く叩いて今度は少し早い
歩調で歩き出すのであった。
一方、遠く離れた江戸では松陰捕わるの一報を耳にした松門門人達が藩邸で大いに討論をしていた。
久坂玄瑞、高杉晋作、伊藤俊輔他、松門では無いが桂小五郎など早々たる面々が顔を合わせ、この度の騒動を
沈痛な面持ちで受け止めていた。
「皆が危惧した通りになったな・・・。」
「ああ、しかし先生も・・・入江達も無茶をするのぉ」
「ど、どうしましょう・・・。先生達はどうなるんですか!?」
「まあ、落ち着きたまえ。藩とて功績ある彼を簡単に罰したりはしないだろう。」
上から久坂、高杉、伊藤、桂という順で会話がなされている。
時々、心配を隠すように茶化した口調で語る高杉以外は皆一様に暗い表情で重苦しい言葉しか出てこない。
こんな場所で茶化した口調の高杉に対して誰一人食って掛かる事が無いのは、彼の性格をよく知り抜いているから
であろうか・・・。高杉もまた口調と裏腹に酷く気落ちし師を按ずる気持ちで一杯なのは近しい久坂が一番よく解る事である。
「晋作・・・。君も無茶をするなよ。」
一言だけ飄々と構える高杉へ向け呟くと、久坂の言わんとする事を悟った彼はバツの悪そうな顔をして、少し俯き様に
「ああ。」
と小声で返事を返すのであった。