激動の風(7)
城内で来嶋又兵衛がのんびり語り周布政之助が喚く中、長州藩内の、重臣達は早馬を
一路京へ飛ばしていた。
「野村和作を捕獲せよと至急京都藩邸へ伝えよ!」
「其の方等はこれより入江を捕え岩倉獄へ連行じゃ。」
「吉田松陰寅次郎は野山獄へ・・・。」
重臣の一人が”連行せよ”と言いかけたが、何かに気付いたのか言葉を途中で止めた。
「・・・随分慌しい事じゃの。寅次郎が何ぞ罪を犯したか?」
後ろから気配を感じて振り返った重臣の命を遮った人物はこの非常時に似合わぬ淡々と
落ち着いた口調である。
途中で止まったままの命令に何事かと近寄ってきた兵長もまた彼を見て直立不動のままに
固まってしまった。
「御殿・・・・・。」
やっと口にした言葉すら僅かにだか掠れている。
御殿と呼ばれた人物はそれらを気に留める事もなく言葉を続ける。
「おい、質問に答えぬか。寅は今度は何をしたのじゃ。」
少しだけ荒げた口調に、それまで固まっていた重臣はハッと我に返り慌てて応答した。
「はっ、実は此度・・・吉田寅次郎松陰による危険極まりない言動がありまして。彼が事及ぶ前に捕え
外部の同志との連絡を押さえようと・・・」
「寅次郎が・・・?危険な言動とは如何なものぞ。」
「・・・・・・・・はっ・・・・、それが・・・あろう事か幕府方の人物を打てと息巻いておりまして、
大砲なぞを貸せと言い・・・。その上、門人である入江・野村兄弟を使者に仕立て、上京させ公卿様へ
と密告を・・・。」
「なんと・・・!寅次郎がその様な無謀な・・・」
「はっ、事が実行されぬにせよ幕府側にこの事が洩れれば彼だけではなく我等長州藩そのものが・・・
下手をすればお取つぶし等も免れますまい・・・。」
「・・・・・」
御殿・・・毛利敬親はワナワナ体を震えさせ、絶句しその場に立ち尽くす。
スーッと血の気が引くのがわかる・・・。
寅次郎は以前にも突拍子のない事を仕出かしてくれたが、今回はそれに輪をかけている。ここまで過激に
出られると彼が恐ろしくなってくる。
「殿、何は兎も角此の侭では双方共倒れに成りかねません。ここは已む終えませぬが、寅次郎を捕縛し外部との
連絡遮断の措置をとる他御座いませぬ。これは藩と寅次郎共に救う唯一の法と思うて居りますれば・・・何卒
御許しを賜りたく存じ上げまする・・・。」
重臣は悲痛な面持ちで主に頭垂れる。
部下である彼等の哀願に、正に進退窮まった敬親はただ無念を襞に隠して頷くしかなかったのである・・・・・。
「寅次郎を野山獄へ引き立てい。入江もじゃ。京へある野村和作は藩邸と連携し何があっても捕捉せよ!
・・・・・・厳命じゃ!直ちに行動に移し各人成果を上げて来い!!」
声高らかに藩命を宣言すると、藩内は一斉に慌しく動き始める。
敬親は、藩を護る一方で学問の師とも言える松陰を救おうと苦渋の決断を即座に下さねばならぬ事に心底疲れていた。
重い足取りで室へ戻って行く主君を、重臣達はまた何ともいえぬ表情で見送っていた・・・・・・。