激動の風(6)
長州萩藩・・・・・・・・・・・・・・・
野村和作が旅立って数ヶ月が経とうとしていた時、この城下は騒然としていた。
「入江・野村兄弟は寅次郎の密命を受けあろう事か京の公卿様の下へ上がったそうじゃないか!」
「なんと恐ろしい事を。あの様な無謀な事・・・万が一にでも幕府朝廷に露見すればそれこそお家の
一大事。下手をすればお取つぶしも免れん・・・。」
「ぬう、此処は京の藩邸へ早馬を飛ばしあちらへ飛んだ野村和作を捕縛させるしかありませんな。
早急に手を打たねばなりますまい!」
城内の一室で重臣と思しき男達の会議が行なわれている。
吉田松陰寅次郎は、事ある毎に幕政への批判を訴えタダでさえ役人から白い目で見られている。
先だっては江戸で高名な頼三樹三郎等数名の志士達が捕縛されたばかり。
これ以上騒いでは吉田松陰自身彼等と同じ道を歩む危険は免れまい。
それに・・・彼を今まで匿って来たこの長州藩とて無事では済むまい。
彼が今回やろうとしているのは紛れもない幕府への挑戦なのだから。
「・・・では、ワシは早速藩邸への連絡を付けて来る。」
「お主がそちらへ回るならば私は萩に残った入江を訪ねてこようか。」
一人が重い腰を上げ席を立とうとすると、続いてもう一人も動こうとする。その去っていこうとする
後姿を見て、ある人物が一つ彼等の背中にポツリと呟く。
「両兄弟は・・・武家身分では無い事がこの際幸いか。松門の師弟が今は集う事出来ぬように
しっかりな・・・。」
今の今まで一言たりとも話に加わらずただ、傍観していた人物の声に静かに頷きながら其々に
持ち場へと戻っていった。
「・・・・・・・・吉田松陰か。まったく火の玉の様な男じゃな。」
最後まで座していた男はゆっくりと立ち上がるとまた一つ呟いた。
今までここに居た重臣達は何れも文官といった風貌であったが、彼の人物だけはそれらとはどこか違っていた。
着物を纏う代わりに厳つい甲冑を着け長尺の刀を黒塗りの鞘に収めている。
立ち上がると天井まで届くかと言う程大柄で、精強な古武士そのものである。
「ああ、こちらに居られたましたか、来嶋殿。」
立ち上がって自分も在るべき場所へ帰ろうとした彼は、部屋を出て直ぐの回廊で呼び止められるのであった。
「おお、これは周布殿。私に何か御用ですかな?」
厳つい古武士の風貌と裏腹にこの来嶋と呼ばれた人物随分大人しい物腰をする様だ。
剣も取れるが学術も出来る。何時だったかあの吉田松陰も彼の外観と内に有る実力は認めていたと思いだされる。
周布は少しだけ過去の記憶に思考を廻らせていたが、何時までも用件を言わない自分を訝しがる来嶋に気付き慌てた。
「来嶋殿も寅次郎の此度の一件はご存知と思うが・・・。」
「ああ、例の砲撃計画かな?無謀では有るが、実に彼らしいとも言えような。」
切羽詰った周布に対し、来嶋はのほほんと応える。
「・・・!又兵衛殿、そんな暢気な事を・・・。寅次郎がする無謀で寅の命だけではない、我等や藩の命運も
尽きるかもしれんのですぞ!?」
「いや、申し訳ない。しかし、師弟として動いたのは入江・野村兄弟だけか。
高杉や久坂等・・・特に久坂玄瑞、彼は吉田君の妹婿だろう?何故動かなかったのかな。まあ、この暴挙に
難なく賛同する程彼等も馬鹿じゃない。動くのは得策ではないと思ったのでしょうな。」
やはりややのんびりした口調で淡々と語る来島又兵衛に、流石の周布も少し脱落してその場に立ち尽くしていた。