激動の風(5)
従者を連れ、厳かな足取りで黒い装束を纏う貴人が姿を現す。
野村は初めて見る高貴な存在にただ戸惑うだけであった。
そんな状態の彼を支え、正視する力を与えていたのは紛れも無い師・松陰の決死の書簡唯一つ・・・。
そんな彼の心中を知ってか大原卿はふっと口元を緩めると固くなっている目の前の青年に声をかける。
「・・・長州藩の方、ご用件伺いましょ?」
卿の言葉に、野村はハッと我に返り急いで懐より預った書を取り出すと、
「申し訳ありませぬ!本日公卿様にと長州藩の吉田松陰寅次郎より書を預っておりました。こちらを
ご覧くださいませ!!」
大慌てで僅かに顔を俯かせたまま手紙を持つ両の手を伸ばす。
大原卿はそれをまた静かに受け取ると、徐に封を切り真面目な面持ちで目を通し始めた。
野村は誰にも気付かれないようにフゥと短い溜息を吐くと、改めて卿の顔色を覗った。
大原卿は手紙を半分以上読んだ辺りだろうか、僅かに怒った様な顔になったり、また泣きそうな
困った様な表情を作ったり・・・・・・・・。
そんな卿を見ながら、野村はぼんやりと、
“これは良い評価は期待できないかなぁ”
などと、暢気な感想を頭に浮かべたりしていた。
一時程待ったろうか。
大原卿は手紙を仕舞まで読んで、綺麗に折りたたむと一つ溜息を吐いて野村をみた・・・・。
その顔はあまり期待の持てるモノではなく、寧ろ悪い結果を想像させるモノであった。
「・・・・・・野村殿、確かにお手紙拝見致しました。ただ・・・・・・・・・・・・・」
「ただ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
言葉を反復し問い返すが中々返事は返ってこない。
「・・・大原卿、僕は貴方の率直なご意見をお伺いしたいのです。仰ってください!お願いいたします」
師の為哀願をする野村の真摯な目に、大原卿は少し顔を俯かせ重い口を開いた。
「野村殿・・・麿にはまだ時期尚早ではなかろうかと思います。吉田殿は如何なるお考えかは知りまへんが・・・。
これは危険と違いますか?」
(ああ・・・やっぱりな。久坂さんや高杉さん達の意見と同じだなぁ)
野村は以前久坂玄瑞から松陰の無謀とも言えるこの計画を断念させて欲しいという書を受け取っている。松陰の
計画が無謀としりつつも師を見捨てられずここに要る自分・・・・。矛盾は承知で師を助けるべく今こうして
この場に座っているのだ。
今、彼等師弟の頼みの綱とも言える公卿に“時期尚早也”と説かれて、またその決心がグラつく自分がどうにも
惨めで申し訳なくてがっくりと頭を垂れるのであった。
「・・・やはり、貴方もその様に思われますか。」
「申し訳ありません。この件は余りに時勢から外れてます。もう一度冷静になって考えてはどうですか??」
本当に申し訳なさそうに言う大原卿に、いえいえと頭を軽く振りつつもやっぱり居た堪れなくなり、結局日の
暮れるより随分前に屋敷を後にするのであった。
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