激動の風(2)
江戸から届いた手紙事件の翌朝・・・
門人・入江杉蔵、野村和作兄弟は、松陰へ計画の断念を歎願する為の書を手に武家階級の獄舎
「野山獄」へ足を運んだ。
あの後、江戸へ経った高杉から久坂と同じ様に師を諌めよとくどくど言われていたのである。
松陰の計画・・・すなわち幕府老中・間部詮勝暗殺計画であり、その為の軍事物資を藩へ依頼すると言う
余りに無謀な策であった。
村塾の主だった門下生、久坂・高杉らは当たり前の様に難色を示し、彼等にとって良き理解者であった萩藩の
重臣・周布政之助や桂小五郎からも即却下されていた。
しかし、松陰は簡単に思い立った事を忘れる人ではない。
だからこそ、直ぐ様江戸〜萩に散らばる同志達、門下生達に書面を以って暗殺計画を実行すべしと呼びかけ自らも
幾つか歎願書を書き提出したのである。
藩も門人達も動いてくれよう。と、期待をかけていたのだが、どれだけ待ってもその期待に沿う返答が反ってこない。
松陰はこれほど一日が長いと思ったことは無い。
彼の意見に同意するという返事が未だに彼の手元に届かない。
苛々と興奮で食事を取る事すら忘れそうになる。
寝る時間すら惜しまれてくる。
時間がなかなか過ぎていかない様な、寧ろ自分だけが停まった時間の中へ置き去りにされたかの様な錯覚さえ
覚えてしまうのだ。
何故こない・・・
私はすべき事を述べているだけだ・・・
久坂くんは?・・・高杉君は・・・・・・?
ああ、皆どうしたというのだ・・・・
松陰が迷妄している時、遂に彼が待ち望んだ分厚い書簡が手元に運び込まれた。
封書の裏側には、双璧と称される秀才、久坂玄瑞・高杉晋作・・・・・・・・・そして、中谷と桂の名が記されている。
獄舎の番から恐る恐る手紙を受け取ると、松陰は直ぐ様それを開封し食い入るように中の活字を追う。
封を開封し、手紙に書かれた綺麗な文字をゆっくり目で追ううち次第に松陰の顔が険しいモノに変わっていくのが解る。
藩は兎も角、自分と共に歩んできた門下生は必ず同意してくれる。
彼等には草莽の志がある、と信じていた。
ああ、そうなのか・・・・。
あれ程激論を戦わせ、世情を憂いて来た彼等もやはり恐れてしまったのだ。
そう言って、彼は盛大な溜息を吐いた。
次の瞬間、牢獄の大扉から見慣れた二人連れの姿が浮かび上がったのである。