激動の風(1)
江戸へ来て早々、久坂にとって喜べぬ話が舞い込んできた。
「先生も無茶をなさる・・・。」
久坂宛で送られてきた郷里の手紙・・・
それを挟んで対座している桂小五郎は苦い顔で呟く。
「ええ、兎も角今は時期尚早と一刻も早く伝えねばなりませんな。」
久坂もまた同じく渋い表情でじっと畳の上に広げられた手紙を見据える。
話題に上った手紙の送り主は二人にはよく見知った人物、吉田松陰である。ここ数ヶ月の間、悶々と思い悩んで
いたのであろうか。日ノ本を救う糸口が見出せず切羽詰ったと言わんばかりの悪筆で今こうして訴えてきているのだ。
久坂も桂も彼の派手な行動はよく知っている。
その行動力故か、しばしば藩からお咎め頂戴することもあり、今度の事が大っぴらに表へ出ると今までの罰則の比
ではあるまい。
「なあ、久坂君。先生は焦っておられるのだ。一度故郷の同志達に説得を依頼してみては?それから僕等も
返書を認めればいい。」
「そうですね。・・・しかし、先生は無茶をなさる。大砲を供出させ役人を打つなどと・・・。」
「ああ、下手すりゃ藩が謀反扱いで潰れてしまう。冷静に対処せねば、先生も、門人たる我々も危なかろう。」
吉田松陰の過激な文書に頭を悩ませ考えたが、これといった良策は浮かばず結局桂の言う様に、まず村塾の同志へ
向け信書を認める事と成った。
久坂は、高杉晋作をはじめ郷里に残っている同志へ急ぎ書を認めると
祈るような気持ちでそれらを送り出した。
−・・・数ヶ月の時間を要したか、久坂の歎願とも言える手紙は彼の盟友高杉晋作の手元に納まっていた。
「久坂はなんといっとる。」
久坂より少し年長の才人・入江九一が焦ったような声で、まだ手紙を読む高杉に詰め寄る。
他、野村和作兄弟や吉田栄太郎(利麿)らも緊張した面持ちで文字を追う高杉の周囲に座し待機していた。
「いや・・・やはりな。久坂も、桂さんも時期尚早といっとるよ。」
「それは僕等とてよう解っとる。問題は此度の先生の失礼ながら無謀極まりない策をどうお止めするかじゃ。」
「江戸の久坂らに何をせい言うても仕様が無いな。なぁ暢夫。久坂は君や僕等に何とかしてくれと言うて来とろう?」
高杉の言葉に、入江・吉田両名が口を挟む。
彼等は手紙の詳細を知らずともおよその内容を察していたのである。
江戸という遠方の地へ身を置く二人に今の松陰が止められるわけも無い事は今近くに居る彼等こそ重々承知の事だったのだ。
「・・・・・・・・全く。残留組は損な役回りじゃ・・・。」
吐き捨てるように行った高杉の台詞は、冷ややかな風の中へ滑り込んでいった。
まだこれから吹き荒れる惨劇に気付く事も無く・・・・・・・・・・・・・・。
この時代、幕府による不平等な対外政策に憤る人々が多く現れましたが、梅田雲浜・頼三樹三郎・・・そして吉田松陰と反対勢力は悉く囚われ拷問や斬首という厳しい処罰を与えられ多くの先駆者達が亡くなりました。所謂、安政の大獄という事件です。
後、その思想を受け継ぎ恩師や同志の志を果たさんと、全国で尊皇攘夷運動が展開されることになります。
若い志士達は、激動の歴史の中でどう戦い生きていくのか・・・大きな節目となる章、頑張って表現して参りたく思います。
しげはる