巣立つ時(12)
山口、防府と山陽道沿いを歩き、芸州から真っ直ぐ伸びる街道を抜けひたすらに江戸を目指す。
目に映る全てが新しく、若い久坂はただ新鮮で活気溢れる景色に魅了されていた。
「やっぱり凄いな。都へ近づく程、人の活気も盛んになる。」
古都へ入り幾日か過ごし、ここで名士とも呼べる人物達と大いに語らう。萩にも多く素晴らしい
人材はあったものの、都は流石に広い。人材の多さもさることながら、見識も多種多様。
割合意見の纏まっていた郷里とは違って思想の違うもの同志で討論を繰り広げたり・・・。
接待兼ねて悠々議論を交すなど、萩城下では到底考え得ない事ばかり。
久坂もまだ若い。美しい京女に囲まれ遊興と議論を織り交ぜたこの界隈で、ふと明るい気分にさせら
れるのだが、ふいに松陰と一人で待つ新妻の顔を思い浮かべて自制に努めるのであった。
つかの間の休息を得て、また江戸への長い道のりを進んで行く。
−・・・休息と議論を重ねながら江戸へ到着したのは萩を出てから3ヶ月以上も経過した頃であった。
江戸・・・泰平を長く与えた幕府の拠点。全ての政はここが起点であり、日ノ本で一番栄えた武家の都であった。
「ここが江戸か。流石に大きい街だな。京とは違った角ばった武士の都か。」
久坂は一つ感嘆の溜息を洩らす。
彼自身が憧れる武士が作り出した武の都。
動きしなやかで優雅な京の都も風情があるが、この多少慌しく男気溢れるような武士の世界もまた壮快で良いものである。
「さて、まずは藩邸へ入るかな。その後は・・・・」
久坂はフッと軽く笑むと江戸領内にある長州藩藩邸へと足を向けた。
藩邸へ入ると懐かしい地方の方言で一杯でまるで一瞬にして郷里へ戻った様な錯覚に陥る。
自身に宛がわれた室へ向かう途中、同僚といえる人々の中に懐かしい人物を見つけると、久坂は親しげな
表情でその人物に近寄って言った。
「お久しぶりです、桂さん。」
「お、久坂君じゃないか。来るとは聞いていたが・・・。」
その人物とは桂小五郎である。何度か松本村へ通う時対面した事がある。
容貌は相変わらず整って言葉動きに無駄な所は無い。
オマケに石高も高い武士の養子である。
もともと彼は藩医・和田家の一子として生まれたが、隣接する桂氏の夫妻に子が居なかったことで何の縁か
養子として迎え入れられたのである。
やがて、桂夫妻が早くに亡くなるといち早くその禄を引き継ぎ、桂小五郎として、両家を支えていくのであった。
「しかし、随分のんびりしてきたな?」
苦笑い交じりに桂は呟く。
「はは、何しろ初めて出てきたので。目に映る全てを吸収しながらブラブラして来たら中々時間を
食ってしまいましたよ。」
飄々とした態度の久坂に、フフと可笑しそうな顔を見せ桂は一通の手紙を手渡す。
「君がのんびりしているから、郷里の飛脚の方が先に着いてしまったぞ。」
彼の手には見覚えある荒い文字が書かれた封書が握られていた。