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久坂玄瑞伝  作者: sigeha-ru
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巣立つ時(9)




久坂は松陰や杉の両親を訪れ、その決意を示した。

これには松陰は勿論、杉夫妻も大いに喜び末娘の嫁入りを心から祝福するのであった。



「僕のような若輩には真に勿体無い事ではありますが、。是非ともご息女を頂きたく存じます。」


凛とした久坂の声は誠実な若者であると感じさせるものであった。



「婚儀を迎えれば、私達と共に杉で暮らしましょう。寅も娘もそれを望んでおりますし。

私達も歓迎しますよ。」



暖かい母・滝の言葉がジンと心に染み渡り、改めて久坂は家族という幸せを感じるのであった。


これから妻と呼ぶ人はその場には居なかったが、おそらく働き者の彼女の事、こんな場でもせっせと

何処かで家事に勤しんでいるのだろう。

ふと、お文の快活な笑みと汗ばみながらも熱心に仕事を続ける様を思い浮かべ久坂はふっと顔を綻ばせた。


「所で、これからの事も話しておきたいのだけど。」


滝は明るい声で告げる。これからの婚儀の日取りをどうするのかと聞いている様だ。


「そうですね、久坂君も志を持った人物。活動を早く行なう為にも時期を早めた方が良いでしょうね。」


松陰は嬉しそうな表情で淡々と段を進めている。

横で聞いている久坂は僅かに顔を赤らめながら師の嬉しそうな声を聞いていた。

やがて、その話題は門人や周囲の者達に及び、静かな松本村に一時のめでたい賑わいが降り注いだ。



そんな中、久坂は遂にお文との婚儀の日を迎えるのである。

様々な婚礼の品が送られ、持ち寄られた祝いの料理も並んで豪華だ。

どうも慣れぬ紋付を羽織って、久坂が座するとやや遅れて白無垢姿のお文が入って来た。何時もの少女ではなく、

やや顔を俯かせおずおずと自分の隣に座る。

白粉を叩き薄っすら上品に化粧を施したその容貌は何時もの生娘のものではなく女性のものであった。

隣に座る文から甘い香の馨りが漂ってくる。男独りで過ごして来た久坂にとって全てが日常の流れと異なっており

落ち着き無くその場を過ごすのである。


「疲れて無いですか?」


時折隣に座って大人しくしている人を気遣い声を掛ける。

形としては紋付は普通の羽織袴と大差ない。それでも、一張羅という意識からか何となく、皺一つ付けまいと気遣って

力が入ってしまう。それ故妙に今日は疲れている。


簡単な着物を羽織っている自分がこうなのだから、隣で幾重に合わせた重い衣装を身に纏う文はどれほどのものか・・・。

角隠しを被り俯いているのでその表情ははっきり解らないが、きっと自分と同じ・・・

いや、それ以上に疲れているだろう。

久坂は妻となる人を何度も気に掛けていた。


「いいえ、私幸せと思う気持ちの方が強くて一時の疲れなど忘れてしまいそうですわ。」



上目遣いに微笑んで文はそっと呟いた。

その様を見て、久坂も僅かに頬赤らめ、それきり静かに儀式の終わるのを待つのであった。



厳かな儀式が終わると、いよいよ飲めや謳えや大騒ぎの宴の時間となる。

この時になってようやく、緊張も解れ落ち着いて祝い酒をあけることが出来る。

横に静かに座していた文も疲れた表情はしているが、実に楽しそうに宴の行事を眺めているようだ。


夜遅くまで騒ぎ、杉夫妻や玉木文之進ら親族・松陰達の言葉や賛辞を聞き、いよいよ久坂とお文は正式な夫婦となった。



儀式と宴が終わって、新しい畳と家具を揃えた一間に若い夫婦は疲れた顔で戻ってきた。

久坂は部屋に入ると、後ろのお文に向き直り疲れていたが努めて微笑む。


「何か不思議な気分じゃ。つい先日まで君を先生の妹御と見ておったのに・・・。」


「私も同じですよ。少し前まで杉の娘でしたのに。」


「何はともあれ、これからは久坂家の妻としてよろしく頼むよ。」


「ええ、夫の名に恥じぬ様妻としてしっかりお勤めいたしますわ。」



新しい夫婦生活は実に慎まやかに営まれるのであった。

あと少しで年も明ける・・・。


新たな生活と、やっと取り戻せた団欒・・・・・・。


何より、独りで暮らしてきた久坂にとっての唯一無二の家族。

これから激動を歩む彼のひと時の幸せな日々が始まるのである。







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