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久坂玄瑞伝  作者: sigeha-ru
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幕末期到来(2)



久坂はその日話した事を一人自室に篭って思い出していた。

山県の詩吟から始まり、そこで聞いた時代の変化・・・・・・

それらを考えていると、ただ勉学にのみ明け暮れていた自身を小さいものだと感じてしまう。山県という人間の名は知らずとも、なかなか学に長けた人物がいる事は、月性(周防の僧)より何度か聞いてはいたが、突然に伺いたてる

訳にも行かず、また久坂自身にも学に対する自負があった為かなかなかその機会を持たなかった。

だが、今回その声を聞き彼の中にある志を僅かに垣間見たことで山県という人に対する尊敬の念を持つようになり、自分の中の思想に対して一つ確実に変化をもたらすのであった。




−暫く経ったある時、久坂は兄の友人に薦められ九州へ旅していた。

久留米藩にいる和田逸平という詩文に長けた人物がいる。まずは彼を訪ね詩を持ち合わせ共に良く論じた。久留米をでて更に南、肥後熊本藩へと遠路足を運ぶと彼は宮部鼎蔵に面会した。宮部は詩人気取りでおごりを持っていた久坂に

対して最初に罵倒を浴びせた人物である。

宮部鼎蔵を訪ね、一室にて対談を始めた。その時おもむろに宮部はこう言った。


「・・・吉田と言う人物を知っているか?」


口調は随分尊大でいくら年が離れている大人とはいえ先の旅路で幾度も丁重な扱いを受けていた久坂にとってはムッとする所があった。


「知っております・・・。」


少しムッとした口調になってしまう。


「其の方は彼を訪ねた事はあるか。」


「牢に繋がれているとは聞いておりますが、直接面会したことはありません」


宮部はそれ以上は聞かず、二人の間に少しの沈黙が訪れる。

沈黙を破る様に久坂は今までに書き記した試作を静かに宮部へ差し出した。先程からの宮部の態度に小僧扱いされているのだろうと思い込み多少の立ちを持っていた彼はこれでも読んで自身の評価を認めさせようと少なから

ず考えたようであった。

宮部は厳しい表情のまま静かに冊子を受け取ると黙々それに目を通し始めた。

その間久坂は、宮部が目を通すのをじっと見つめ、今度こそと自身を持って彼の反応を伺った。

一通り目を通していた宮部はいきなり冊子をパタと閉じると立ち上がって厳しい顔を更に険しいものに変えこう言い放った。


「其の方はこの様な暢気な詩文を作る為にここへ旅してきたのか!全く持ってつまらぬ事だ!」


突然の怒声に久坂は先程までの苛立ちも何もかも忘れただ唖然として宮部を見上げていた。そんな彼を気にも留めず宮部は続ける。


「久坂玄瑞といったな。其の方、今世の中で何が起こっているのか知っているか。


自分の兄や知人達が何が為にこちらへ旅せよと言ったのか解って居るか?この様な詩作に耽り自身を満足させるだけの一介の詩人と語る様な暇は無い。早々に帰られよ。」


思っても居ない痛烈な言葉に反論は愚か視線を変える事すら出来ず。ただ、怒りの熱を持って宮部が退出していく後姿を見送る事しか今の彼には出来なかった。

今までの自分の才能に対する自負も何もかも一気に叩き落されてずっしりと重たいものが圧し掛かった感覚に襲われる。屈辱を一瞬にして味わった彼は無性に腹立たしく思っていた。しかし、それは罵倒を浴びせた宮部に対してではなく今まで

の自身の驕りに対するものである。


(僕は今まで何をして来たのだ。山県先生に出会って解ったような気になって・・・結局何一つ解っちゃいなかった・・・宮部先生のおっしゃる通りなんと僕は愚か者であろうか・・・)


若い彼はひたすらに悔いていた。

情けなくて仕様が無い。このまま去れと言われるがまま立ち去るのが辛い。

久坂はせめて何か一つでも今の思いを詩歌に乗せて書き残しここを辞そうと、荷の中から矢立(筆記具)を取り出し七律を記した。詩帖から今書いたそれだけを破り取ると、文机の上に静かに置く。



来り訪づる熊城奇士の庵  海防の大儀遂に如何    ・・・・・・(略)



そうして立ち上がりいざ去ろうとした時、宮部が現れた。

部屋の中程まで入ってくると、机の上に何か紙切れが置いてある。宮部はそれを目ざとく見つけ、少し腰をかがめて手に取ると繁々と眺めた。久坂はそんな宮部の様子をただじっと立ち見守っていた。


「ふむ・・・なかなかやりおるな・・・。」


宮部はポツリとそう呟いた。


「久坂殿、先程は失礼致した。長藩より来る秀才が如何程か、是非その志と才覚の程推し量ってみたかったのだ。誠失礼した。」


先程とは代わって丁重に詫びる男に流石の久坂も驚いてしまった。


「宮部先生。私の如き若輩にそんなもったいない事です。どうぞ面をお上げください。」


「む。しかし、貴殿も気分害されたであろう。宜しければもう少し時勢を方ってはいかれませぬか?」


宮部のこの言葉と真摯な面持ちに久坂は是非にと深く頷いた。




「・・・・・・異国の船が清国を取り巻き、阿片なぞ怪しげな薬物を用いて国内治安を大いに乱して居るとの事。隣接する我が国にも最近になって黒船が行き来するようになった


そうではないか!これに幕府はどうしたものかと手を拱いて居るそうな。我等が立ち上がらねば国家は崩壊する。」


宮部は熱意を持ってそう目の前の若者に訴えかける。


(黒船・・・?清国の様になるだと!?ここは神国だから大丈夫だと大人たちは言うが。この人や山県先生のおっしゃることが真ならば捨て置けぬ一大事ではないか!)


久坂は宮部の言葉を心の中で反復し目まぐるしい時代の変化と信じがたい現実を突然教えられ少しばかり眩暈を覚えた。


「では、宮部先生我々は・・・・・・いや、私はどうすれば宜しいのですか?」


半ば錯乱状態にある頭を抱えながら、久坂は必死に宮部の答えを求めた。

宮部がそんな久坂の問いにゆっくり口を開こうとした時、襖の外側から静かに人の気配がした。宮部はそれを敏感に感じ取り、発せようとした声を抑えそちらへ意識をむける。

暫くして室の前で気配が止まるとそこから小さな声が聞こえてきた。


「宮部先生、お薄をお持ちいたしました。入っても宜しいですか?」


声はしっとりして如何にも品のある青年の様であった。


「どうぞ、お入りなさい。」


宮部がそれに返し落ち着いた静かな声で応答すると、少しの間の後襖がゆっくりと開かれた。







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