松下村塾(11)
材木を掻き集め、鋸で寸法通りに測り切りながらの地道な作業もやっと大詰め。
塾の輪郭がしっかりと見え始めてきた時、久坂はふと隣から小さな呟きが聞こえた様な気がした。
「・・・俺としたことが、こげな作業を楽しんでやりよるとは重傷じゃ・・・。」
声のする方へ少し視線を運んでみると、そこにはブツブツ愚痴のような、照れ隠しの台詞を吐きながらも手
を休めず黙々と真剣な面持ちで壁塗りをする高杉の姿があった。
高杉家は上流階級の士族。本人曰くかつて芸州に拠点を置いた大大名毛利家よりの臣という家柄との事で、
彼自身その事を大いに誇りに思っていた。
そんな上士階級の武家子息が大工作業を手伝っていると言う事がどうも納得いかぬのか、先程からそ
の手の独白が小さく風に乗って久坂の耳へ入ってくるのである。
(ああ、成る程。こりゃ確かに晋作には辛いな。今までの武家稽古なぞとは豪い違いじゃ・・・。)
その高杉、作業の手を休めた隣人が気になりふとそちらへ視線を移すと、一人うんうん頷いて何か
納得した表情の久坂がいるではないか。
自分の事を考えているとは露ほども知らず、高杉久坂がサボっているのだと思い込み、
「おい、玄瑞よ疲れたんか?頷いて何か考える振りして・・・実はサボっとるんじゃないじゃろうな?」
と、隣人を茶化すのであった。突然の誤解発言に思わず慌てた久坂はあからさまに驚きの表情になり
「違う違う。僕はサボろうとかそんな事は思っちゃない。ただ・・・・・・。」
言いかけて、言葉を詰まらせると高杉は一層疑いの眼差しをこちらへと向けてくる。
「ただ・・・なんじゃ?やっぱり玄瑞はサボろう思うたんじゃろ。・・・それとも、妹御にでも見惚れとったんか?」
こうなると完全に高杉のペースである。急に女子の事を出され、久坂の慌てぶりに拍車がかかる。
「・・・!晋作!そげな事じゃない!君こそそんな茶化す暇があったら作業を進めぇ!」
大慌ての久坂と既に本題から外れて単純に面白がる高杉をよそに、着々と工事は進み夕暮れの刻になると
遂に講堂は完成するのであった。
こうして松本村に松下村塾と称される私塾が開かれたのである。