松下村塾(10)
杉家の庭に一つ講堂を建てようという久坂の案は直ぐ様実行にうつされ、塾生達はこぞって、木材や工具を持ち寄り昼夜徹して
作業に取り掛かった。
「久坂さん、これどこに打ち込めばええですか?」
久坂の隣でトンカチ叩いている寺島が言う。
「ああ、それはその柱の境に打ってくれ。」
朝から快晴で、日差しの照りつける中建造作業は進む。
彼等は、滝汗を流しながらもそれを拭う間も無く、仕事に追われている。手ぬぐいを肩から掛け、着物も膝までたくし上げ皆一様
に真っ赤な顔で柱を固定する作業に掛かっている。
この厳しい労働に、普段は上士身分として少し違う空気を纏っており、久坂以外の門人達からは孤立しがちだった高杉が文句一
つ言わず黙々と材木に鋸を入れている。その表情は渋々という風ではなく、この作業自体を楽しんでいるかの様だった。
カンカントントン、打ち据える毎に響く軽快なリズムを聞きながら彼等は徐々に新しい建物の輪郭を造っていくのである。
やがて、正午になると松陰の母・滝と、末妹・文が冷たく冷やした茶と、むすびを握って皆が一息入れ休む木陰に現われた。
「さぁさ、皆さんお疲れ様ですねぇ。一息入れてくださいよ。」
滝は盆に沢山の湯飲みを乗せ、もう一方の手で冷水で冷やした急須を持ち寄って来た。
後から続く文も、大皿に握り飯を沢山盛っている。
「母上、有難う御座います。」
「母上殿、お文さんも・・・何時もすみませぬ。お陰さまでまた精一杯頑張れますよ。」
松陰の言葉に続いて久坂も礼を述べる。それに合わせて、高杉ら門人達も次々と言葉を続ける。
「いえいえ、皆さんが塾の為に頑張ってらっしゃるのだからこの位の事当然ですよ。気遣い無くしっかり休んでくださいね。」
「そうですよ、私達にはこの位しかできませんもの。」
滝と文はそう言って、少し頭を下げるとスッと母屋へ入っていった。
それを見届けてから松陰は塾生達に言った。
「さあ、皆さん。ここでゆっくり休んで午後からまた頑張りましょう!」
「任せてください!僕等全員が力を合わせりゃ講堂も直ぐ完成しますよ。」
「その通りじゃ。皆で頑張りゃ楽勝ですよ!」
松陰の激に、高杉が軽快な口調で鼓舞を取ると、それに賛同して吉田栄太郎、山田顕義らも口々に言いはやした。
久坂は傍で塾生たちの激を聞いて、彼等の結束が少しずつ確かなものになっている事を感じた。
松陰も普段とは違い門人達をまとめ様と意気込む高杉の姿に、満足気な表情を見せ、久坂と共に笑んで頷きあうのであった。