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対話  作者: 白熊猫犬
11/11

カトウとエトウ 再び

 外は既に暗く、その上厚い雲が空一面に広がっていて、カトウの部屋まで冬の寒さが溶け込んでくるようにエトウには思えた。しかし実際のところ、ヒーターがよく効き、更には目の前に置かれた鍋からもくもくと上がる湯気のお陰で、寒さの入り込む隙は微塵も無かった。

 冬の大学生と鍋は切っても切れぬ関係にある。調理の必要も無くただ鍋に食材をぶちこめば出来上がり、寒い日に仲間内で集まってわいわいやるのに適しており、そして何より、酒が進む。カトウとエトウも、御多分に漏れず片手に麦酒を持ちながら、ぐつぐつと煮える鍋を囲っていた。

「カトウよ、ここに鍋と酒があるな」

「そうですね、ありますあります」

「後ここに足らないものが何なのか、カトウはわかるか」

「そうですな、まず肉が少ないでしょう、それに二人で鍋というのも、なんとなく侘しい気がします」

「うむ、肉については致し方ないとして、そうだな、男二人が鍋を囲っているという図は、とてもじゃないが惨めで人様に見せられるものじゃないな」

「まあ別段確認することでもないでしょう。大抵の場合、男二人で飯を食うのは惨めなもんです」


 大量の豆腐と白菜、そして申し訳程度の鶏肉の入った鍋を、カトウもエトウも一心不乱に貪る。特に鶏肉については、二人とも競うように食べるので、瞬く間になくなってしまう。

「それにしたって、折角の鍋だというのに誰も来ないなんて、皆薄情な奴だ」

「そう言うな、各々事情というものがあるのだから、仕方ないではないか」

「けっ。どうせどいつもこいつも女と過ごすんでしょうよ。ああ、破廉恥な世の中だ」

「おいおい、もう酔っているのか、今日は随分と早いなあ」

「エトウさんだって、本当はナカムラさんと過ごしたいんでしょう、だったらさっさと行けばいい、ほら、行きなさいな」

「そしてやはり俺に絡むのか、お前は酒を断った方がいいかもしれんな」

「聞きましたぜ、ナカムラさんと和解したそうじゃないですか。良かったですね、忌々しいったらありゃしない」

「本音が漏れておるぞ、それに何でお前がそんなことを知っておるのだ」

「ほら、シバタいるでしょう。あいつに彼女が、ちっ、出来ましてね、それが聞いて驚いて下さいよ、その彼女ってのが、エトウさんとこの研究室の学部生なんですって」

「なんと、ではシバタの野郎は年上と付き合っているのか。まったく、嘆かわしいやら羨ましいやら」

「そうでしょうそうでしょう。で、その人からシバタが色々聞いて、それが僕にまで伝わったと、そういうことです」

「何だってそんな、野次馬というか、出歯亀というか、そんな真似をするのだ」

「いやいや、皆心配していたんですよ、何せエトウさんの最初で最後のチャンスですから。因みに、男子部の連中は全員知ってます」

「ううむ、穴があったら一人ずつ埋めてしまいたい、とはこのことだな」

「まあ僕はこれっぽっちも心配なんかしてませんでしたけどね、無惨に玉砕しろと願っておりましたよ、けけけ」

「お前はどうしてそうひねくれたことしか言えんのだ」


 鍋の中には僅かな具材しか残っていなかった。カトウはその鍋に白米と卵を投入してから蓋をした。麦酒の缶は全て空になったため、エトウの持参した日本酒の瓶を開けて、二人はそれを飲み始めた。

「うん、これはなかなか旨い酒ですな、奮発なさったでしょう」

「うん、まあな、本来はヤマダに持っていってやろうと考えていたのだが、生憎今日はあいつが部屋に居なかったから、こっちに持ってきた」

「ヤマダさんと言えば、何であの時教えてくれなかったのですか、ヤマダさんの部屋までのこのこと行ってしまったではないですか、罠ですか、謀略ですか」

「そりゃあ、ヤマダのところに行け、と言われて素直に頷くカトウではないとわかっておったからな、無事に帰ってきて何よりだ」

「ふん、後輩に対する思いやりが足らないですぜ。まあ、でも、案外いい人でした。含蓄ある話をしてもらいましたし」

「お前は馬鹿だなあ、ヤマダの言葉は十中八九、いや十中十で適当な法螺を吹いているに過ぎんのだから、はあはあと聞き流しておけばそれでいいのだ。実際あいつの話は何一つ理解できん」

「そうでしょうか、僕の心には突き刺さりましたよ。お陰で勇気を出すことも出来た」

「お前、将来変なものに騙されないように注意しろよ」


 鍋の蓋を開けると、見事に雑炊が出来上がっていた。カトウとエトウははふはふ言いながら、我先にと熱い飯を胃に入れていった。

「もふも、んぐ、僕も、こんな日くらいは先輩みたいな男むさい人じゃなくて、可愛らしい女と過ごしたかった」

「俺だって気持ちは同じだ。しかしそういえばお前、例の女とはどうなったのだ」

「何ですかあんた、先輩こそ出歯亀根性丸出しじゃないですか」

「違う、聞けば事の発端は俺と話したことらしいから、ならば報告を受ける義務があると思っただけだ」

「適当な言い訳をよくもまあそう並べられますね。まあいいでしょう、先輩がどうしても、と言うのならお教えいたします」

「どうしても、とは言わないが、言いたければ言えばいい」

「まあ、その、僕はちゃんとイガラシさんに気持ちを伝えましたとも、ええ」

「ほう、カトウがねえ、なかなかショッキングな出来事じゃあないか。で、何と返された」

「お友達からお願いしますと、そう言われましたとも」

「ああ、うん、まあ、そう、だろうなあ。今日もこうして、男同士空しく鍋をつついておるのだから、聞いてはいかんかったなあ。よし、今日は飲もう、とことん付き合ってやるから、な」

「ちょっと、何慰めようとしてるんです。お友達から、ですよ。から、ということは、からの先の関係があると、そういう話じゃないですか。ちゃんと未来があるんです、先輩と一緒にしないで下さい」

「だってよう、友達だなんて言葉、体よく断るための常套句だって、そういう噂だぞ。それに、だったら何で今日はその人と一緒にいないのだ」

「いやいや、そう急いてはいけません。何も世間に合わせてばかりが正解でもないでしょうに」

「どうせ誘うことも出来ずにまごまごしていたら今日を迎えてしまったとか、そんなところだろう」

「ええ、ええ、悪かったですね意気地無しで」


 鍋がすっかり空になり、カトウは満足そうに膨れた腹を叩いて横になった。エトウは麦酒の空き缶を灰皿にして煙草を吸い、眠たそうに目をぱちぱちとさせた。

「それにしても、皆こんなに苦労しているのでしょうか、僕は不思議でなりません」

「何のことだ」

「だってそうでしょう、好きな人と一緒にいると緊張するし、だらけたところを見せないようにしゃんとしなきゃいけないし、いい格好をしたいから色々気を使うじゃないですか。僕の体力はぐんぐん減っていくのです」

「そりゃあ、まあそうだろう」

「先輩、僕はね、今までどれだけ楽な環境にいたかを知りましたよ。男子部は男むさくて、何も得られず、何の糧にもなりませんが、でも安心できる場所です。ただ踊り呆けていれば良かったし、気を使うことも気を使われることもなかった」

「それはお前だけじゃないかなあ」

「イガラシさんと一緒にいると嬉しいです、幸せです、それは勿論否定できない事実です。けれど、やはり男子部のあの自由すぎてつい服を脱いでしまうような関係が、ふと恋しくなることもまた、否定できないのです」

「そうさな、女の前でいきなり服を脱ぎ始めたら、警察沙汰になりかねんからな」

「これから僕はちゃんとイガラシさんと向き合っていけるのか、些か不安です。もし本当に関係が発展して、お付き合い出来るとなったとき、僕は僕のままでいられるのでしょうか。ああ、もてない先輩には理解できない話題でしたか」

「そこで一々俺を貶めなくても構わん」


 カトウが頑として動かないので、仕方なくエトウが鍋を片付けた。それは流し場で水を張られただけであって、きちんと洗われるのは翌日か、翌々日か、あるいはもっと先の、次に鍋を使う機会まで先延ばしにされるであろう。

「そう嘆かんでも、誰だってそれなりに苦労したり苦悩したり気を使ったり気を使われたり、そういう風に人付き合いをしているんだ。誰だってそうだ、俺も、他の男子部の連中も、それこそヤマダみたいな奴だって、立場は違えど各々苦労している。それに、好きな女に対しては特別気を使うのも当然だろう、そう気に病むことでもない」

「うう、もてない人に言われても説得力が無いよう、男むさい場所で踊ってばっかりの人が言うと嘘臭くてかなわんよう」

「泣くな泣くな、まったく、何だって後輩に泣かれながら罵倒されにゃならんのだ」

「先輩はいいなあ、女と縁が無くて。やっと訪れたナカムラさんとも仲直りするのが関の山な先輩には、僕の気持ちはわからないんだなあ」

「お前、今日は特別酷く酔ったな。それに、別に男子部が無くなる訳じゃあない、疲れたというのなら、いつでも男子部で癒されたらよかろう」

「男子部なんかで癒されるはずもないでしょう、先輩は男むさい場所で踊って癒されるような変態なのですか。僕は変態じゃないぞ、断固として主張するぞ」

「わかったわかった、それでいいから、今日のところはゆっくり休め」

 窓の外は相変わらずの曇天で、雪でも降りそうな気配だった。しかし、エトウはそれを望まなかった。男二人に降る雪なんて、情緒の無駄遣いだとしか思えなかった。

 人間はそう簡単に変わらない。エトウの横で鼾をかいているカトウも、一人の女と仲良くなったからといって、劇的な変化は訪れなかった。酒を飲めば悪酔いし、他人の色恋沙汰には嫉妬し、男むさい場所で踊ることもやめなかった。それがエトウには嬉しいようにも、悲しいようにも思えた。

 カトウの、「ううむ、イガラシさんの毛布になってしまいたい」という寝言らしい言葉を聞いて、エトウはため息をつかざるを得なかった。

「お前という人間は、誰が見ても、どこからどう見ても、いついかなる時も、完全無欠の馬鹿だなあ。しかしまあ、馬鹿なりに頑張って、想い人と幸福になるがよい」

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