中二病のおっさんかと思ったら、魔王でしたとか笑えない
「我は魔王である」
「はあ、そーっすか」
突然、目の前のおっさんはそう言った。正直、どうリアクションしていいのかわからない。
「正確には、ベルクリフト・ダンガーン・ラペルドと言う。小僧、覚えておくがよい」
流行の中二病ってヤツだろうか。けれど、目の前のおっさんはどう見ても30手前のいいオトナだ。
「どうした? 我の姿に恐れを抱いたか、人間の小僧よ! フハハハハ!」
黒いマントと白い長髪。蒼白い肌を覆う灰色の鎧。首周りには、精巧な骸骨のアクセサリ。
完璧なコスプレだった。
中二病をこじらせると、こうなるのか。オレも日課の魔術鍛錬は、今日限りにしよう。
「本来ならば、小僧。貴様なんぞすぐに消し炭にしてくれるところだが、お前は運がいい。我の封印を解き放った褒美に、下僕としてこき使ってやろう。光栄に思うのだな!」
「はあ、そーっすか」
夕暮れ間近の川原に、一冊の本が捨てられていた。
オレは基本、奥手でエロいDVDとか本とか、堂々と買うことができない。パソコンは家族共用で、エロいサイトを見るスキもなし。
家には姉ちゃんと妹がいるから、ネットで買っても、どちらかに見られてしまうことだろう。
だから、これはチャンスだと思った。
見るからに、アダルティーな表紙。タイトルも、『セクハラ大魔王』。
きっと、神様からの贈り物だと思ったね。そんで、近寄って拾ってみれば――。
「フハハハハ! この大魔王ベルクリフトが! 再び世界を闇に包んでくれようぞ!」
このおっさんが出てきたワケだ。
「小僧。ちと腹が減ったぞ。我に供物を捧げよ」
「なんだよ、おっさん。いきなりパシリかよ。他当たってくれよ、じゃあな! こっちはエロ本かと期待したのに、これだ。まったく……」
オレは、川原の端に止めておいた自転車にまたがり、そのまま走り出した。もちろん、全速力で。
あんなヘンなのに、構っている場合じゃない。さっさと帰ろう。
「待て、どこへゆく。小僧、我を一人にするでない!」
「うを!?」
現在、坂道をチャリで下っている最中だ。それなのに、おっさんは追いついてきた。それも、オレの横を飛びながら。
「浮いてる!? 飛んでる!? ワイヤーアクション!?」
「我は魔王である。この程度の浮遊魔術、造作もない」
「まさか……あんた……」
「ふ。驚いて声も出んか。我の魔力は魔界一であるからな」
「そうか。どうりで……」
中二病。30手前に見える容姿。そして、魔術。
このおっさん。
――童貞だ。ネットでまことしやかに囁かれていた、30まで童貞を守れば魔法が使えるってのは、真実だったんだ!
すげえ。オレも魔術が使いたい。レベル5の超能力者を相手に異能バトルを繰り広げてみたい! それか、聖杯をめぐってサーヴァントと契約したい!
けど、こんなの絶対いやだけど。
「ていうか、付いてくんなよ! アキバはこっちじゃねーぞ!」
「貴様! 下僕のクセに我に刃向かうというのか!」
「うるせーよ! 中二病!」
*****
「ふむ。ここが我の新しい居城か。勇者を迎え撃つにはいささか頼りないが……まあ、よかろう」
結局、家まで付いてきた。
「何でおっさんがここにいるんだよ! さっさと消えろよ! どうせあんた、ニートなんだろ!」
「ニート? その名、聞き覚えがあるな。3000年前、愚かにも我に戦いを挑んできた勇者……うむ。確かヤツの名はニート・アルサミル。配下の四天王を苦もなく倒し、手こずらされたものよ。ヤツとの戦いは三日三晩に及んだ。そこで、我はヤツに提案したのだ。我の手下になれば、世界を半分やろう、とな」
「ああ、そうっすか。壮大な設定ですね、魔王さま」
「フハハハハ。しかしヤツは我の誘いにのらなんだ。世界は私が守るとか、青臭いことをぬかしていたので、エターナルシャドーフレアで、八つ裂きにしてやったわ。フ」
「わあ。すごーい。かっこいいー」
棒読みのセリフなオレ。
「もっとだ。もっと我を称えよ。フ、フハハハ!」
なんだか、可哀想に思えてきた。きっとこのおっさん、どこにも居場所がないんだろうな。家族にも邪険にされて、メシもろくに食わせてもらってないのかも。
まあ、メシくらい食わせてやるか。
オレは玄関のドアを開けて、自称魔王のおっさんを招き入れた。
「入ってよ。まあ、出会ったのも何かの縁だし」
「うむ。馳走を用意せい。美しい娘を側に控えさせよ。我が特別に抱いてやってもよいぞ?」
「童貞が無理すんなって」
ポンポン。と、おっさんの肩を叩いてやった。
「あら、ヨウイチ? お帰りなさい。早かったのね」
「ただいま、母さん」
「ここが大広間か。うむ。照明の魔術が絶えず発現している。これほどの魔術を行使するには、相当な鍛錬を必要としたのであろうな……女、このベルクリフトが、特別に褒めてやろうぞ。ありがたく思え」
「あら、変わったお友達ねー。外国の方?」
「あ! こいつ、フランスから日本に遊びに来た、ベルクリフト! ちょっと、日本のアニメにはまっててさ! ヘンなこと口走るかもしれないけど、異文化コミュニケーションだと思って、見逃してあげて!」
「そう。わざわざフランスから……ベルちゃん、日本へようこそ。今日はゆっくりしていってね。ここはあなたの家だと思って、くつろいでくれていいんだから、ね?」
リビングに入った途端、照明の魔術とかいきなり中二病を発揮しだしたので、驚いた。
「女。よい心がけだ。これよりここは我が居城。配下としては多少物足りないが、女。お前に四天王の地位をやろう。その光の魔術の才、人間にしておくには惜しい。もう、20年ほど若ければ、孕ませてやったものを。フハハハ!」
「あらやだ。こんなおばさんにお世辞なんて! もう、ベルちゃんったら。でも本当にフランスの方はみんな女性に対して気配りができるのねえ。ヨウイチも、ベルちゃんを見習うのよ」
「無茶言うな」
「今日は、ヨウイチの大好きな唐揚げよ。もうすぐできるから、サクラとユリカを呼んできてちょうだい」
「あ、うん」
サクラはオレの姉。ユリカはオレの妹である。
おっさんをその場に残して大丈夫かな、と心配したが、唐揚げを調理している母さんの手元を見て『火の魔術も使えるのか、この女』とか言ってるから大丈夫か。
「おーい、姉ちゃん! ユリカー! 晩飯ー」
階段の中ほどで立ち止まり、叫ぶ。
すると、部屋から元気よく妹が飛び出してきた。
「わーい! ごはんだー! お兄ちゃん、今日は何?」
「唐揚げ!」
「やったー!」
小学生高学年の妹は、まだまだ花より団子ってところ。まあ、妹に好きなヤツができたら、相手の男をブン殴ってやるけど。
「姉ちゃーん。めしー」
「ふわああい」
高校三年生の姉が、眠たそうに目をこすりながら降りてきた。
「ヨウちゃん、おはよー」
「うん、おはよう。飯、できてるよ」
「いただきまーす」
姉ちゃんは寝ぼけながらオレの耳たぶを噛んできた。
「うを!? オレを食うんじゃねーよ! 唐揚げだよ!」
「あれー? あれれ? ヨウちゃん? ごめんねー。お姉ちゃん、寝ぼけてたあ」
「しっかりしろよ、もう18なんだからさ」
「はあい」
とてとて、と姉ちゃんはリビングへ向った。
ふう。心配だな。姉ちゃんはおっとりしてるから、ヘンな男と付き合って、だまされないかいつもヒヤヒヤしてる。
「オレも腹減った。さて、唐揚げ唐揚げっと」
母さんの唐揚げは絶品だ。オレの大好物、唐揚げ。このドアに向こうに、唐揚げが……。
「なーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!」
テーブルの上の皿には、すでに唐揚げの姿がなかった。
「うむ。美味であった。これほどうまい肉を食ったのは久方ぶりである。オルドロヌ湖の主とも言われた、ガルーダ以来か」
「てめえ、何オレの分まで食ってるんだ!!」
「うむ? この魔道書、見慣れぬルーン文字であるな。ちと古代ハルモーニア言語に似ているが……読めぬこともない。なになに。『感じる33歳。魅惑の肉体。溺れる人妻』。むう。なかなか高度な魔道書だ」
魔王のおっさんがつまようじをくわえながら、週刊誌を広げていた。
「ベルちゃん。すごいのよ。一瞬でヨウちゃんの分から私達の分まで食べちゃって……やっぱり、外人さんはたくさん食べるのねえ」
「母さん! 俺らの飯は!?」
まったく、なんなんだ、これは! あの週刊誌、オレも読みたいし! 人妻……ああ、いやそれよりも!
「ベル様……ステキ」
「ちょ、姉ちゃん?」
「何だろう、胸がドキドキするよ~。ねえ、お兄ちゃん。これって、恋、なのかな? ユリカ、初恋かも……」
「おい、ユリカ!?」
姉ちゃんと妹が、目を一等星くらいに輝かせて、おっさんに近寄っていく。
「美しい娘たちだな。近こうよれ。我が妻にしてやろう」
「きゃー! 積極的! 肉食系男子だあ! ユリカのタイプ~! 顔も渋くてイケてるし~」
「ベル様……」
「オレの姉ちゃんと、妹を返せーーーーーー!!」
「まだチャームの魔術をかけていないというのに……フフ。そんなに我の子を孕みたいか、娘達よ」
そして、この日からオレの家に自称魔王のおっさんが住み着き始めた。