ルティの物思い …… その1
「ルティ、どうかした?」
クリスは、向かいに座っているルティに声をかけた。クリスたち5人は、泊まっている宿屋の1階にある食堂で夕食を食べているところだったが、ルティがうつむき加減で何か考え事をしているようだったので、気になったのだった。
「なにか、考え事かい?」
「……」
クリスの声が聞こえていないのか、ルティはクリスの問いかけには答えず、皿の上にある野菜をフォークでつつきながら、物思いにふけっている。クリスが、もう一度声をかけようとすると、
「……ごちそうさまでした」
ルティはフォークを置いて、ため息混じりに言った
「あれ、もういいの、ルティ? 全然食べてないじゃない」
パルフィが心配そうに言う。見ると、スープを少し飲んだぐらいで、ほとんど料理には手を付けていなかった。
「どこか、具合でも悪いのか?」
とミズキも心配そうに尋ねる。
「いえ、ちょっと胸がいっぱいで食欲がないだけなんです。あ、これ、よかったらどうぞ、私、手を付けていませんので」
とメインディッシュの肉料理の皿を少し前に差し出した。
それを聞いて、肉をがっついていたグレンがすかさず、
「おお、そうか、すまんなルティ」
と言って、横から皿を取ろうとするが、ミズキとパルフィにすごい顔でにらまれて、すごすごと手を引っ込める。
「い、いいじゃねえか、くれるって言ってるんだしよ……」
「ったく。今はそれどころじゃないでしょ。ねえ、ルティ、何か心配事があるんだったら、私たちに話してよね。力になるからさ、この大食いバカはともかく」
「いや、オレだって、心配だって」
「あんまり説得力ないよ、グレン……」
クリスは、口の周りに食べかすをつけながら、もぐもぐと口を動かしているグレンの肩に、慰め顔で手を置いた。
「はい、ありがとうございます。でも、大丈夫ですから」
「ほんとに?」
「遠慮することはないぞ」
「ええ……。本当に何でもありませんから。じゃあ、私はこれで今日は失礼しますね。お休みなさい」
そういって、ルティは立ち上がり、クリスたちに一礼して自分の部屋に戻っていった。しかし、やっぱり元気がなさそうだ。
「え、ああ、お休み」
「お休み」
ちょっと、とまどいながら背中越しに声をかける一同。
しかし、ルティが階段を上がっていったのを見送って、さっそく顔を寄せ合ってヒソヒソと密談モードに入るクリスたちであった。
「ねえねえ、ルティ、どうしちゃったんだろ」
「ちょっと、様子が変だよね」
「ここのところ、ずっとあのような調子に感じるが……」
「だが、体調が悪いって感じでもなかったしな」
「うーん、何かあったのかしらね」
「ホームシックかな?」
「いや、そんな感じじゃねえな、あれは」
といろいろ話していると、ふと、気がついたように、ミズキが顔を上げた。
「む、もしや……」
「え、なになに、心当たりがあるの」
「あ、いや、もしかしたらと思っただけなので、確信はないのだが……」
「なになに?」
「うむ、先日私とルティとで買い出しに出かけたことがあっただろう」
と聞いて、クリスたちはいつのことだったか思い出そうと記憶をたどる。
「えーと、ああ、こないだ、雑貨屋に薬草を買いに行ってもらったときか」
「あぁ、あれね」
「ああ、そのときのことだ。二人で薬草を買った帰りに、私は何かめぼしい刀を仕入れていないだろうかと思って、武器屋に寄りたいと言ったのだ。すると、ルティはそれなら自分は他に行きたいところがあるからと言って、そこで別れた」
「ふむふむ」
「で、武器屋を出て、宿に戻ろうと歩いている途中でな、ルティを見かけたのだが、そのとき、花屋の少女と話しているようでな。ほら、この宿の近くに露天で店を出している花屋があるだろう?」
「あったっけな? えーと」
クリスたちは職業柄、そして、旅をしているという事情から、花屋とはあまり関わりがないので、あまり気にしていなかったが、そういえば、あったようだとクリスは思い出した。
「おう、そういえば、屋台みたいな台車に乗せて花を売ってたな。ばあさんと孫娘がやってなかったか?」
グレンも思い出したように言う。
「ああ、私が言ってるのはそれだ。で、その孫娘らしい少女と、ルティが楽しそうに話していたのだよ」
「あっ、わかった!! ミズキが言ってるのは、ルティが恋わずらいじゃないかってことね」
パルフィがなぜかやたらうれしそうに言った。
「ああ。あくまでも憶測なので、確かではないが。そのときのルティの様子が、とても幸せそうで、また恥ずかしそうに話していたので、今から思うと、そうではないかと」
「はは~ん、なるほどねぇ。ルティもお年頃なのねぇ」
パルフィがニンマリといった顔でうなづく。
「へえ、そうなんだ」
「あいつがなあ」
パーティの中で一番しっかりしていて、まじめで、あの年ですでに堅物と言っていいほどのルティが、恋煩いというのは少し意外で、しかし、とてもほほえましい気がした。
「しかし、どうしたものかな」
「そうねえ、このままだと体もたないわよ、きっと」
「だよねえ、最近ちゃんと食べてないみたいだし」
「じゃあさっ、その女の子に会いに行きましょうよ」
パルフィが、いかにもいい考えを思いついたかのように、勢い込んで言った。
「えっ」
「会って、気持ちを確かめるのよ」
「ちょ、ちょっと、パルフィ。それは、僕たちの役目じゃないだろう。頼まれてもいないのにお節介にもほどがあるよ」
「じゃあ、クリスは気にならないの?」
「い、いや、気にはなるけど、それとこれとは別問題じゃ……」
「そんなことをすると、馬に蹴られてしまうぞ」
とミズキが口を挟む。
「何それ?」
「いや、私の国では人の恋路をジャマするものは馬に蹴られるということわざがあるのだ」
「ふーん、そうなの? でも、取り持ってあげようっていってるだけじゃない」
「だが、私は反対だな。こういう話にヘタに首を突っ込むと、気を遣っているつもりが、逆にルティを傷つけることになりかねないぞ」
「そ、それはそうなんだけど……」
ルティを傷つけるかもしれないと聞いて、急におとなしくなるパルフィ。しかし、よほどなんとかしたいのか、
「でも、このままじゃ、まずいでしょ」
と食い下がる。
「確かにな、修行にも差しさわりがでるかもしれんし、生きるか死ぬかの戦いの時に、影響が出れば、あいつの命にもかかわるし」
グレンも思案顔で同意する。
「でしょ」
「だが、かといってなあ」
ミズキが腕を組んで難しい顔つきになる。
「うーん」
「じゃあさ、様子を見に行きましょうよ。ほんとに恋わずらいかも分からないわけだし、どんな様子か見れば、どうすればいいか分かるかもしれないわよ」
「そうだねぇ、仲間をこっそり見張るってるのも悪い気がするけど、この際仕方ないかな」
「そうだな」
確かに様子を確認してから考えるというのは、いい考えのような気がしたので、クリスたちは陰から様子を見ることにしたのだった。
次の日の朝。
食堂で朝食を食べ終わって、みんな一息ついているときのことだった。今日は休息日で、引き受けているミッションも、修行の魔物退治に出かける予定もない。それぞれに勉強するなり、稽古するなりすることになっていた。
「じゃあ、私は、少し出かけるところがあるので、ちょっと失礼します」
といって、ルティが立ち上がった。彼の皿を見ると、今日も雀の涙ほどしか食べていない。
「えっ、あ、そうなの? いってらっしゃい」
「気をつけてな」
とクリスとミズキはすぐに事情を察して、何気ない風を装ってあっさり言った。しかし、グレンは、
「ルティ、どこに行くん、はうっ」
最後まで言い終える前に、向かいのパルフィに蹴り飛ばされたらしく、苦悶の表情を浮かべながらテーブルの上に突っ伏した。クリスがテーブルの下をちらっとみると、両手で右足のすねを押さえているのが見えた。蹴りが直撃したらしい。
「あ、ルティ、お出かけ? 行ってらっしゃい」
パルフィはグレンをひとにらみしたあと、ごまかすようにルティに話しかける。ルティは、グレンの様子にちょっと驚いたようだったが、あまり気にとめることなく、
「ええ、じゃ、行ってきます」
といって、席を離れた。
ルティが去っていくのを見送った後、
「ほんっとに、アンタってバカね、グレン。ちょっとは考えなさいよ。さ、行くわよ、みんな」
とやけに気合いの入ったパルフィが立ち上がる。クリスたちもそれを見てあわてて立ち上がるが、グレンだけは、
「ぐおぉぉ」
と涙目でうめき続けていた…
宿屋を出たときにはすでにルティの姿は見えなかったが、花屋の近くまで行って、物陰から花屋を見てみると、案の定、ルティは花売りの女の子と話をしていた。見たところ、今日はおばあさんはいないようだ。
女の子はルティと同じくらいの年頃で、気だての良さそうな、そして笑顔のかわいい子だった。
「こりゃ、間違いないわね」
とパルフィがミズキに言う。
「やはり、そう思うか」
「ええ、どこからどう見ても、『恋する少年』って感じじゃない?」
「そうだねえ、僕もそう思うよ」
ルティの女の子を見るまなざしと、少しバラ色に染まったほほ、そして、話しているときの幸せそうな顔を見れば、誰が見ても一目瞭然だった。
「ヤツも隅に置けねえな」
「よさそうな子よね」
「さて、どうするかな」
「女の子の方はどう思ってるんだろうね」
「そうねえ、あの子もそんなに悪い感情は持ってないというか、結構、ルティに好感持ってるみたいよ」
「そうだな、私もそういう気がする」
「ん、そうか? オレには単に話しているだけにしか見えんが」
さきほどパルフィに蹴られた脛がまだ痛いらしく、しゃがんで手でこすりながらグレンが言った。
「アンタには、女の子の気持ちはわかんないわよ」
「ケッ」
「しかし、お互い同じ気持ちであるのなら、そっとしておいた方がいいかもしれんな」
ミズキが思案顔で言う。
「そうね」
「両思いである以上、放っておいてもうまくいくだろうしな」
「そうだね」
「しかし、ほんとに幸せそうだな」
「まったくだわよ」
「……」
「……」
しばらく、こちらも幸せな気持ちで、そして、ときどき気恥ずかしくなったり、背中がかゆくなったりしながら、二人の様子をうかがった後、宿屋に戻ることにした。
「よし。じゃあ、これ以上のぞき見るのも悪いし、いったん帰ろうか」
「うん」
「そうだな」
と、その場を離れようとしたときだった、
「いや、ちょっと、待て」
とミズキがクリスたちを止めた。
「あれを見ろ」
ミズキが指さす方向を見ると、いかにも柄の悪そうで人相の悪い大柄なごろつきが数人、肩をそびやかし周りを威嚇しながら、花屋の方に向かって歩いてくるのが見えた。そして、女の子の方になにやら話しかける。女の子はおびえているようだ。しかも、そのごろつきは単に話しているよりだけでなく、脅しているように見える。すぐに、ルティが女の子の前に出て、かばうようなそぶりをする。
「ここからじゃ、何話しているのかわかんないわね」
「よし、あっち側の角に移ろう」
何を話しているのかを聞くために、クリスたちは建物の裏側を回って、道を渡り、もうすこし花屋に近い別の建物の陰に隠れた。ここからだと、花屋がすぐ横に見える。同時に、ごろつきの下卑た声が聞こえてくる。
「だから、誰にことわってここで商売してんだって聞いてるんだよ、オラァ」
「で、でも、私、役場の許可はもらってます」
と、ルティの背中越しに、おびえながらも女の子が答える。アルティアでは公道で露店を開くためには、役場の許可がいる。しかし、許可をもらえば、誰が露店を開いても構わないのだ。
「そんなことをいってんじゃねえよ、このガキ、この辺はな、俺たち『闇夜の戦士団』の縄張りなんだよ」
「ここは、アルトファリア国王の治める領土であって、あなた方のものではないと思いますが」
横からルティが口を出す。ルティの言っていることはまさに正論なのだが、こんな奴らに正論はかえって逆効果で、案の定、その言い方が気に入らなかったようで、ごろつきが激高した。
「なんだあ、てめえは、さっきからよ。横から口出してんじゃねえぞ、ウルァ」
そういって、突然、ルティのそばに置いてあった、売り物の花がさしてあった水瓶を蹴り飛ばした
「ガシャーン」という音とともに水瓶が割れて、辺りに花が飛び散る。
「きゃあぁ」
「オラオラァ」
それを合図に、後ろに控えていた残りのごろつきたちも、わめきながら、さらに次々と水瓶やら鉢植えを蹴り上げる。
「けっ、こんなもの売りやがって」
道路に飛び散った花を足でぐりぐりと踏みにじってわめくごろつき。
「やめてください」
ルティがごろつきたちを止めようとすがりついてやめさせようとするが、いかんせん体格に差がありすぎた。
「さっきから、てめえはうっとおしいんだよ」
そういって、ごろつきの一人が振り向きざまにルティの顔を殴りつける。ルティはひとたまりもなく地面にたたきつけられる。
「いやあっ、ルティ!」
女の子が、ルティに駆け寄った。