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ミズキの朝稽古

「グォー、グォー」

(なんだ……?)


 何かのうなり声を聞いた気がして、クリスは目を覚ました。

 目を開けると、そこが、エミリアとルティの家だったことを思い出した。客室の天井が見える。

 クリスたちは、たまたま引き受けたミッションで近くに来ていたということもあり、帰りに立ち寄ったのだった。

 昨夜は、エミリアとの久しぶりの再会で、夜遅くまで居間で歓談し、ベッドに入ったのは夜も更けてからだった。


(あれ? なにかのうなり声が聞こえたと思ったんだけど……)


 夢だったのかと、もう一度寝ようかと思った瞬間、またうなり声が今度ははっきりと隣のベッドから聞こえてきた。


「フンガー、グォー」


 それは、グレンのいびきだった。

 そちらを見ると、グレンは寝相が悪いらしく、毛布を蹴飛ばして、おなかを出した状態で寝ていた。


(やれやれ……)


 窓のカーテンから差し込んでくる日差しから考えて、もう夜は明けたようだ。


(まあ、もう朝だし起きるとするか)


 クリスは、自分のベッドから起きると、うーんと一伸びした。そして、グレンのベッドに行き、布団をかけなおしてやった。

 そして、窓際に行って、カーテンを少しだけ開けて外を見る。


(今日もいい天気になりそうだな……)


 まだ少し薄暗いが、朝日が眩しく、雲ひとつないのが分かる。今日はミッション完了の報告にアルティアに戻らなければらならない。エミリアの村からは結構な距離を歩かなければならないので、天気がいいのは助かることだった。

 物思いにふけりながら、遠くに見える山々の風景をしばらく楽しんでいたが、ふと、剣を振る音に気がついて下を見ると、教会の広い園庭の奥の方でミズキが刀を振っているのが見えた。


(朝の稽古かな……)


 すっかり目が覚めたクリスは、様子を見に行くことにした。





「やあ、ミズキ、おはよう」


 真剣なまなざしで刀を振るミズキに、クリスは声をかけた。すでに長い間稽古していたらしく、ミズキの顔からは汗がしたたり落ちている。


「おや、クリスか。お早う。早起きだな」


 クリスに気がついたミズキは、刀を振るのを止め、そばに置いてあった手ぬぐいを拾い上げ顔を拭きながらクリスに微笑みかけた。昨日、夜更かしして、今日も朝早いのに、ミズキには眠たそうなところも疲れた様子も全くなく、涼やかで凛としていた。


「いやいや、それはこちらのセリフだって。朝から熱心だねぇ」

「ああ、これは私の幼いときからの日課でな、朝から刀を振らないと、体が重い気がするのだ」

「へえ、そうなんだ。あ、もしかしたらお邪魔かな」

「いや、構わないさ。見ていてもつまらないとは思うが……」

「そんなことないよ。僕に構わず続けてよ」


 クリスはジャマにならないように、ちょうど横にあった大きな石の上に腰掛けて言った。ミズキは、また手ぬぐいをおいて刀を振り始める。ただ、刀を振るだけでなく、敵と戦っているかのように右に左にステップを踏みながら素早い動きを繰り返していた。

 その姿を見ながら、クリスはこれまでのミズキの戦いぶりを思い出していた。ミズキの剣はとても速い。速すぎて素人のクリスにはほとんど目がついていけないくらいだ。そして、グレンの剣の軌跡は直線的だが、ミズキの剣は弧を描くというか、いろんな角度から剣が出ている。おそらく、相手から見ると、どこから剣が飛んでくるのかわからないような気がするのではないだろうか。それに、足捌きも軽やかで、体が流れるように動いているのが分かる。太刀筋と合わせて、横から見ていると剣を振り回しているというより、優雅に舞っているようにすら見える。その舞は美しいと言ってもいいぐらいだとクリスは感じていた。


「どうした、じっと見つめて。なにかおかしいところでもあるのか?」


 しばらくの間、ミズキの舞のような剣捌きと流れるような足運びの優雅さと美しさに見とれていると、クリスの視線に気がついたらしく、ミズキが話しかけてきた。話しかけながらでも、視線を正面に舞うような動きをやめていない。


「あ、ああ、ごめんごめん、ミズキがすごくきれいで見とれてた……」

「えっ?」


 いかにも不意を突かれたらしく、急に足を止め、剣を振るのを止め、信じられないことを言われたかのようにクリスを振り返る。そのあまりの唐突さに、クリスも我に返る。


「あ、あれ、何かまずいこと言ったかな」

「な、な、なにを言っている。き、きれいだなんてそんな……」


 ミズキは顔を真っ赤にして、クリスに言い返す。先ほどまで、背筋がぴしっと伸びていて、凛としていた様子から別人のように、ほとんどあたふたしていると言えるぐらいに動揺しているようである。


「わ、私など、女だてらに剣使いだし、がさつだし、少しも女らしくないなどと言われるし……」

「へっ?」


 クリスは、太刀筋と足捌きが美しいといっただけで、なんでこんな反応が返ってくるのか、一瞬の間理解できなかったが、ふと、先ほどの自分の言葉がどのように聞こえたのかに気がついて、今度はこちらが顔から火が出るほど恥ずかしくなった。


「あ、いや、その、きれいって言ったのは、ミズキのことじゃなくて、あ、いや、ミズキのことなんだけど、太刀筋と足捌きが美しいって言うつもりで、あ、でも、け、決してミズキがきれいじゃないって言ってるんじゃなくて、あの、その……」


 あたふたと説明するクリスに、ミズキも自分が誤解したことに気がついたらしく、「あ」という顔をして、さらに顔を赤らめてしどろもどろになった。


「そ、そうだったのか、てっきり私は自分を、あ、いや、あの、わ、私の剣をほめてくれて、きょ、恐縮だ。そ、そう言ってもらえると、私も修行した甲斐があったというものだ」

「そ、そうだね。ミズキがいると心強いよ」

「そ、そうか。そ、そういってもらえると、私も、その、あの……」

「……」

「……」


 そういった後は、二人とも言葉が続かなくなって、沈黙が流れた。


(な、なんとかしなければ)


 その思いは両者にあったに違いない。しかし、二人とも今だ赤面状態で、うまいこと取り繕うセリフなどでてこない。


(どうしよう……)


 そのときであった。


「おーい、おはよう!!」


 庭の向こう、母屋の方からパルフィが朝からテンション高めで意気揚々と手を振りながら歩いてくるのが見えた。


(でかした、パルフィ。いいところに来てくれた!)


 助かったと思いつつ、平静を装いながら、パルフィがそばまでやってくるのを待つ。


「二人とも早いわねぇ。今、エミリアさんが朝ご飯作ってくれてるよ。もうすぐできるから呼んできてくれって」


 何も知らないパルフィが、のんきに言った。


「そ、そうか。じゃあ、行かないとね」

「う、うむ。そうだな。私ももう今朝の稽古はここまでにしようと思う」


 まだ気恥ずかしさの余韻を引きずりつつ、これを幸いとそそくさとその場を離脱しようとするクリスたち二人。しかし、そのまま脱出させてくれるほど、パルフィは甘くなかった。


「ねえねえ、なんで二人とも赤面しているの?」

(はうっ)


 まさに直撃。


「えっ? な、何のこと。赤面なんてしてないよ、ねえ、ミズキ」


 しどろもどろになりつつ、ミズキに同意を求めるクリス。


「あ、ああ。む、無論だ」


 ミズキもできるだけ普通に答えようとする努力をしているようだが、ぎこちなさでいっぱいだった。


「ふーん」


 パルフィはあからさまに疑いのまなざしを二人に向けた後、


「ははーん」


 と一人で納得してニヤニヤし出した。

 その様子を呆然と見つめるクリス。


「えっと。じゃあ、私、先に行くね。後は若い二人でごゆっくり」


 そうやって、180度反転して家に戻ろうとするパルフィに、クリスはハッと我に返って、全力ダッシュでまろび寄り、両腕をつかんで引き留めた。


「ちょ、ちょっと、まって、パルフィ」

「なあに?」


 どこから出しているのか分からないくらいの猫なで声で、虫も殺さぬほどにこやかな微笑みで答えるパルフィ。しかし、その瞳はイタズラっ子がおもしろいことを見つけたときのように、キラキラと輝いていた。クリスは間違いなくさっきより事態が悪化していることを悟って、軽くめまいがする。


「今、君の脳内で、ものすごく誤解の入った劇が展開されているようなんだけど……」

「あら、そう?」

「いや、誤解だ、誤解」

「そうかしら」

「そうだって。ただ、僕がミズキの朝稽古を見ていただけで……」

「それで、なんで赤面するのかしら」

「それは、その……」

「きっと、朝の稽古を見ていたクリスが、『ミズキ、君は美しい』とか口説こうとして、ミズキもまんざらでもなくって、いいところだったんでしょ」

「ち、ちが……」

「で、私がちょうどいいところに来ちゃったんで、二人とも気まずかったんでしょ。ごめんね、タイミング悪くて。もうジャマしないから、ゆっくりやってね」


 と相変わらず、ニヤニヤしながら言うパルフィ。クリスは、頭がクラクラしてきた。


「パ、パルフィ。幻術士が自分で幻影見てどうするんだよ……」

「あら、そうかしら」


 やむなく助けを求めようと、ミズキを振り返るが、ミズキは赤面したままあらぬ方向を向いたままで、まったく助けにならないことが分かっただけだった。


「……なんてね。冗談よ」


 そう言って、パルフィはクリスを上目遣いに見て、うふふといたずらっぽく笑った。


「へ?」

「クリスが、朝っぱらから女の子を口説くなんてそんな根性あるわけないじゃない。ちょっと、からかっただけよ」

「そ、そうなの? 分かってくれてうれしいけど……、いや、ちょっと待った、今、なんかさりげなく、僕の男としての尊厳が踏みにじられた気がするんだけど……。いや、っていうか、こないだ会ったばかりでなんでそんなこと分かるんだよ」

「いいのいいの、そんな小さなことは気にしない。さあ、二人とも、ご飯冷めちゃうわよ」

 そういって、パルフィはクリスの反論も聞かず、さっさと行ってしまった。


「……」

「……」


 そして、クリスとミズキは、パルフィが来る前と変わらぬ気まずさのまま、そこに残されたのだった。

 結局、朝食の時に、パルフィの大幅な誇張と著しい誤解の入った「目撃談」とやらをみなに披露され、それを打ち消すのにどっと疲れたクリスたち二人であった。





お読みいただいてありがとうございます。

短編集では、主人公たちの日々のエピソードを書いていく予定です。

お楽しみに!

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