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HDの肥やしになっていた端折り戦国物   作者: Y.A


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八話

「信一殿、いえ義兄さん。色々とすみませぬ」


「いえ。俺は、秀勝様の筆頭家老となったのですから」


 清洲会議の後、シンイチは再び領地を移動する事になっていた。

 会議で信長の四男にして、秀吉の養子となっている羽柴秀勝が正式に光秀の旧領であった丹波を領有する事となり、その補佐としてシンイチが丹波国内に三万石を有して、彼を補佐する事になったのだ。


 更に、忙しい時間の合間に、シンイチはようやく秀吉夫妻を仲人に結婚もしている。

 ねねの父親である杉原家次の親戚の娘で、『お蘭』という名前の娘であったのだが。

 噂によると、実は家定が他所で別の女性に産ませて秘かに面倒を見ていたものを、ねねがその存在に気が付いて養女として引き取ったというのが真相であるらしい。

 

 シンイチは、自分の知識には無い娘の存在に驚いていたが、この時代の武士の娘で名前が正式に残っている方が珍しいので、そんな娘もいたのであろうと思っていた。


 そして、秀吉やねねが、自分にお蘭を勧めた理由もすぐにわかった。

 身長170センチを超える仙石秀久が大男扱いされるこの時代に、お蘭は170センチを少し切るくらい。

 いくら政略結婚でも、よほどの大男でないと勧めるのが難しい娘であったのだ。


『ねね様、大きな旦那様をありがとうございます』


『良かったわ。信一と並んでいると、お蘭が小さく見えて』


 確かに、シンイチの身長からすればお蘭は小さい女性であるし、彼女はねねに似てかなり綺麗な女性であった。

 数えで十七歳なので、美少女とでも言うべきであろうか?


 というわけで、二人は結婚して丹波亀山城に新居を構えていたのだが、なかなか夫婦水入らずというのも難しい状況にあった。

 新妻であるお蘭は、大半が元服したとはいえ、舟橋家の正室として孤児達の食事などの世話があったし、舟橋家の様々な雑務なども存在する。

 更に、旦那であるシンイチが三万石という大名クラスにまで出世していたので、色々と付き合いなども発生して忙しかったのだ。


 一方、旦那であるシンイチの方も忙しかった。

 秀吉の命令で検地の指揮を執り、ついでに国力を増すために新田開発や用水路などの工事計画も立案する。


 だが、それよりも先に行わなければいけない事があった。

 清洲会議後、秀吉が丹波と山崎にて行った検地と、宝寺城の建設。

 更に、織田家大名との関係強化に激怒した柴田勝家と織田信考が、弾劾状を諸大名にバラ撒くという事件が発生し、これを切り抜けるために秀勝を喪主として信長の葬儀を行う事にしたのだが、これを秀勝の代わりに取り仕切るのは秀吉であり、その補佐を行うのはシンイチの役目であった。


「秀勝様は、喪主として亡き総見院様の菩提を弔う事を重視してください」


 シンイチの目から見た秀勝は、いかにもお坊ちゃまといった感じの華奢な少年であったが、逆に育ちが良いので優しい面も持っている。

 現に、出自すら不明で、年齢も大して変わらないシンイチの筆頭家老就任を心から喜んでくれる主君でもあった。


 しかも、義理とはいえ兄弟の関係になったシンイチを信頼して全てを任せてくれる度量もあり、武芸の方はまるで駄目であったが、シンイチの写本した本を次々と読破して内容を理解する頭の良さは持っていた。


 シンイチは、彼が内政家として大成してくれる事を期待するのだが、体が弱くすぐに寝込んでしまう秀勝は、史実ではこれから三年後に死没してしまう予定であった。


 とはいえ、虚弱体質の治療法など知らないので、食事内容の改善や無理をしないで体力を付ける運動方法など。

 出来る限りの事をして、秀勝の体力を強化するしか方法が無かったのだ。


「だが、これで誤魔化しても兄上との対立は避け得ぬな」


「そこまでご理解していたのですか」


「まあな……」


 信長への猜疑心を避けるために養子にしたとはいえ、秀吉は秀勝の事を息子として大切にしていた。

 でなければ、早世してしまった実子の名前など付けるはずがなかったからだ。

 そして秀勝は、体は弱かったがやはり信長の息子であった。

 冷静に織田家とその周辺の政治状況を読んでいたのだから。


「私も出陣すると思いますが、丹波衆の指揮を頼みます。義兄さん」


 その後、天正十年(1582年)の十月十五日に秀勝を喪主として信長の葬儀が行われる。




「筑前殿。わかっていようが、この程度では勝家殿は収まらんぞ」


 史実では勝家と一緒に秀吉の弾劾に参加し、信長の葬儀の際には『滝川殿の席はない』と秀吉に言われて完全に敵に回ってしまった一益であったが。

 シンイチの助言に従って、彼にも上席を用意したのが良かったのか?

 その席で、勝家と信考が来年にも秀吉追討の兵をあげるという情報を流してくれていた。


「ならば、先に兵を挙げるまで。一益殿のお力にも期待いたしまずぞ」


「お任せあれ」


 一益とて、大名クラスの実力者として戦国の世を渡って来た逸材である。

 武士としての面目を立てて貰った以上は、老いた自分では秀吉には勝てない事を冷静に理解し、家族や家臣達のために勝家と対峙する事を心に決めたようであった。


 そして、同年の十二月。

 越前の勝家が雪で動けないのを好機と見た秀吉は、同月の九日に池田恒興ら諸大名に動員令を発動し、五万の大軍を率いて山崎宝寺城から出陣して十一日に堀秀政の佐和山城に入り、そのまま柴田勝家の養子である柴田勝豊が守る長浜城を包囲した。


 元々勝豊は、勝家や同じ養子であった柴田勝政らと不仲であった上に病床に臥していたため、秀吉の調略に応じて降伏する事となる。

 そして十六日には美濃へと侵攻し、稲葉一鉄らの降伏や、織田信雄軍の合流などもあってさらに兵力を増強した秀吉は、信孝の家老・斉藤利堯が守る加治木城を攻撃して降伏せしめた。

 こうして岐阜城に孤立してしまった信孝は、三法師を秀吉に引き渡し、生母の坂氏と娘を人質として差し出すことで和議を結んだ。


 更に伊勢では、滝川一益が信考と対立した織田信包と共に兵を挙げて美濃へと侵攻している。

 

 戦況は、秀吉側へと大きく傾いていた。


「(多少史実と変わってしまったが、どうなるのかな?)」


 秀吉と秀勝の補佐を行いながら、越前・加賀・能登・越中以外の全てを反柴田で染め上げる事に成功した秀吉であったが、やはり裏切る者も存在していた。


 年が明けた二月の終わりに、ようやく勝家は前田利長を先手として出陣させ、自身も三万の大軍率いて出陣。

 お互いに陣地や砦を築きながら対峙を続けていたのだが、先に降った柴田勝豊の家臣山路正国が勝家方に寝返ったり、美濃の織田信考が再挙兵したりと戦況が大きく変わり、秀吉は信考を討伐するために軍を率いて美濃へと移動する事になる。


 当然、数の減った羽柴軍に対して柴田軍は攻撃をしかけ、重臣佐久間盛政が大岩山砦に奇襲を敢行。

 そこを守備していた中川清秀は敗死し、岩崎山砦の高山重友は敗走する事となる。


 だが、勝家の命令を無視して佐久間盛政は現地に滞陣を続けたために、美濃から迅速に引き返して来た秀吉の軍に撃破され、更に、柴田側からも前田利家と金森長近が裏切り、柴田本軍は瓦解して勝家主従は越前へと逃走してまた戦況が変化していた。


「(概ね、史実通りだな)」


 寒い時期であったからなのか?

 主君である秀勝は体調を崩してしまって丹波へと戻っていたので、代わりに丹波衆を率いているシンイチは、敗走する柴田軍の様子を秀吉の近くで見ていた。


 だが、そこに思わぬアクシデントが訪れる事となる。


「ここに至っては、親父殿に合わせる顔も無し! 成功するかは神のみぞ知る! 我に武運を!」


 既に敗走したと思われていた佐久間盛政と、その弟二人である安政・勝之兄妹と、主従十数名が近隣に潜んでいて、一気に秀吉本軍に奇襲をかけたからであった。

 突然の奇襲であり、まず成功するはずもないのに命をかけて突撃する佐久間軍に、秀吉の近習や小姓達は虚を突かれて侵入を許し、秀吉と佐久間盛政は直接に顔を合わせる事となる。


「筑前! その首を貰うぞ!」


「逃げられると思うのか?」


「元より、生存など考えておらん!」


 槍を構えて突撃して来る佐久間盛政であったが、そこに冷静に立ち塞がる人物が現れる。

 丹波衆の指揮を家臣達に任せて本陣にいたシンイチであった。

 

 本当は、丹波衆の指揮を執らなければいけない立場にあったのだが、『もはや戦は追撃の段階にある。あとの手柄は、片桐兄妹や他の家臣達に任せて傍に居よ』と秀吉に命令されて残っていたのだ。

 シンイチは秀吉の運の良さに驚くと同時に、今さらこれほどの勇将と一騎討ちをしなければいけないのかと、自分の運の無さを嘆くのであった。


「義父を討たせるわけにかいかないな」


「お前が、羽柴軍の呂布と呼ばれた男か!」


 いつの間にそんなあだ名が付いたのかは知らなかったが、シンイチは槍を構えて佐久間盛政との一騎討ちを始める。

 だが、彼も身長が百八十センチを超える大男で、その武勇によって加賀一国を有している男である。

 その強さに、最初はシンイチも押されてしまう。


「大丈夫か? 信一。出来れば、捕らえて欲しいのだが」


「無茶を言いますな……。ですが、努力しましょう」


 半ば反則的な遺伝子改良のおかげであったが、シンイチと真剣に戦って勝てる人間などそう沢山いるはずもない。

 佐久間盛政は勇者であったが、彼は長時間戦い続けて疲労が溜まっていたという事もあり、十分ほど戦った後にシンイチに捕らえられてしまう。


 そして他にも、安政、勝之の兄妹二人や他の兵士数名も、他の小姓や近習達によって集って捕らえられてしまう。

 やはり、数の差はどうにもならなかったようだ。

 彼らは、秀吉の前に引き出されていた。


「どうじゃ? 盛政。そなたも、大殿より鬼玄蕃と呼ばれし男。ここで降伏して、更なる武勇で身を立てるべきだと思うが」


 秀吉は、盛政へ降伏するようにと説得を続けていた。

 だが、シンイチは彼がそれを潔しとしないで降伏しない事を知っていたので何も言わなかった。


「敵将であるそれがしに過分な評価はありがたいが、大殿や勝家様から受けた恩を忘れて、天下の後継者たらんとする筑前殿には従えぬ」


「じゃが、そなただけの問題ではない。弟御達や家臣達も同じ意見なのかな?」


「元より、生還は望まず。その覚悟で討ち入ったのです」


 シンイチはここで秀吉が諦めて処刑だなと思ったのだが、ここで盛政が奇妙な事を言い始める。


「筑前殿には直接従えないが……。そこの、それがしを捕らえた男になら仕えましょう」


「えーーーっ! 俺ですか!」


 まさか、自分になら仕えても構わないなどという意見が出るとも思わなかったので、シンイチは一人その場で場違いな大声をあげてしまう。


「信一なら良いのか?」


「それがしも、鬼玄蕃と呼ばれている男です。その拙者を捕らえた男になら、仕えても武名の恥とはならないでしょう。それに、彼の下で働く事は筑前殿のためにもなる。違いますかな?」


「じゃが、信一の知行は僅か三万石ぞ」


「禄はいくらでも結構です。それに、信一殿がいつまでも三万石という事もありますまい?」


「それは、そうなのじゃが……」


 シンイチは自分の義娘の婿でもあるし、能力に関しては折り紙付きであった。

 なのに、あまり自分からしゃしゃり出て加増をして欲しいなどとは言わない欲の無さと分別を持った男であり、自分のために懸命に働いてくれている男でもある。

 しかも、家中に友人も多い。


 これから、羽柴家の中でも重要な地位に就く予定の男であった。

 秀吉は、盛政がちゃんとそれを見抜いての要望なのであろうと理解する。


「信一よ。この戦いの後に加増するので、鬼玄蕃と……」


「安政と勝之もお願いいたします」


「よかろう。しかし、信一も家臣が揃って良かったのぉ」


「えっ? えっ?」


 シンイチが混乱している間に、佐久間三兄弟はいつの間にかシンイチの家臣となってしまうのだが、更に彼を困惑させる出来事が発生していた。


「殿! 敵将を捕らえましたぞ!」


 これら柴田勝家との戦いである賤ヶ岳の戦いでは、後世に名高い賤ヶ岳の七本槍と呼ばれる若手武将達が有名となっていたが、実はこの中にシンイチと仲の良い脇坂安治と、既にシンイチの家臣になっている片桐且元も入っている。


 だが史実とは違い、実際には桜井佐吉、石川兵助一光などが宣伝されて七本槍と秀吉は宣伝するようになっていた。


 なお、この戦いでは大谷吉継と石田三成も一番手柄を与えられていたし、増田長盛も自ら槍を振るって武功を挙げている。

 吉継を除いて文官と目される彼らであったが、それは秀吉の家臣が増えてからの事であり、彼らも最初は戦にも借り出されていたのだ。


「安治か。お手柄ではないか」


「勝家殿の御養子である、柴田勝政様です」


 柴田勝家の養子である柴田勝政は盛政と安政の弟であり、勝之の兄であった。

 皮肉な事に、織田家家臣であった佐久間盛次の息子四人が全員捕らえられて顔を合わせる事になったのだ。


「勝政、悪いようにはしない。降伏するのだ」


 他の兄弟達に説得されて、柴田勝政も秀吉に降伏する事となる。

 だが、彼もシンイチの家臣として預けられる事になるのであった。


 この戦いの後に、敗北した柴田勝家は越前北ノ庄城へと逃れるものの、先に降伏した前田利家を先鋒とする秀吉の軍勢に包囲され、翌日に夫人のお市の方らと共に自害する。

 

 更に、加賀と能登も平定されて前田利家に与えられ。

 ここに、反秀吉陣営を滅ぼした秀吉は、信長の後継者としての地位を確立したのであった。




「そういうわけなので、我ら佐久間四兄弟は舟橋信一様の家臣となるので宜しく頼む」


「(あれ? これは、どういう事? 何が起こっているの?)」


 降将である佐久間盛政を含む四兄弟に家臣として押しかけられたシンイチは、秀吉の下で戦の後処理を遺漏無く行いつつも、一人わけがわからないまま混乱し続けるのであった。  

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