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二話

「ほう、これは見事な若者ではないか」


「やはり、兄上もそう思いますか」


「思うぞ。しかも、戦に出ても強そうじゃの」


 突如訪れた羽柴秀吉の弟である秀長の誘いにより、シンイチは拡張建設中の長浜城内で、羽柴秀吉と対面をしていた。


「兄上。この者は舟橋真一と申すそうですが、この若さでなかなかの才能の持ち主です。必ずや羽柴家の力となりましょう」


 羽柴秀長は、シンイチを自分の兄に懸命に勧めていた。

 この若さで様々な書物に通じ、体も大きく、我流ではあったが刀・槍・弓・銃と武芸に優れ、馬の扱いも上手でと。

 普通ならば邪魔者扱いである孤児達を、優しく面倒を見ながら上手く統率して生活をしていて、しかもその僅かな期間でその子達にまるで本物の親であるかのように慕われている。


 必ずや大物となって、羽柴の家を支える家臣になると秀長は信じていたのだ。


「そなたは、没落した武士の子なのか?」


「さあ? 俺は捨て子らしいので」


 まさか未来から来ましたとも言えないシンチイは、嘘の経歴をでっち上げる事にする。

 既に今では戦火で焼き討ちにされていたが、とある寺の前で捨てられていたところを拾われ。

 そこで小坊主をしながら、住職に様々な勉学を教わったのだと嘘を付いたのだ。


「武芸や馬は、戦で負けて逃げ込んで来た武家の方に習いました。とはいえ、短い期間でしたので後は我流ですね」


「それでも、大したものだ」


 秀長は、試しに蜂須賀正勝、前野長康、浅野長政、神子田正治などの家臣達から腕の立つ者を借りて試しに試合をさせてみたのだが、これらを全て打ち破ってしまっていた。


 それと、竹中半兵衛こと重治とも面会をさせてみたのだが。

 その知識の量に、逆に重治が教えを請う分野があったと言う報告まで受けていた秀長であった。


「それは、凄い」


「とはいえ、俺はただの若造ですよ。武芸は体の大きさに恵まれたから適当でも大丈夫だった。知識は、本の中身を暗記しただけです。俗に言う畳の上の水練ですね」


「基本が出来ているのであれば、後は経験を積めば良い。正直なのが気に入った。真一を百貫にて雇い入れる事にする」


「ははっ! ありがたき幸せ!」


「うん、期待しておるぞ」


 こうしてシンイチは、無事に羽柴秀吉の家臣として登用されたのであった。





「とはいえ、領地とかは無いわけで」


 羽柴秀吉に百貫で雇われたシンイチは、今までと同じに長浜城下町から少し離れた湖畔の家で生活をしていた。

 特に領地などは指定されておらず、給料は銭で貰う事になっていたからだ。

 領地が無い代わりに、引き取った孤児達を養うために戦乱で放置された後にシンイチが自分で整備した土地や家屋を使う権利を秀吉から与えられていたのだ。


 おかげでシンイチは、孤児達に今までの仕事を続けさせつつ、自分は城で仕事をする事が可能になっていた。

 子供達は、シンイチの指示通りに今までの仕事を分担し、空いた時間に遊びながら彼の帰宅を待つ。 

 暗くなってから戻ったシンイチは、夕食のあとに子供達に今まで通りに勉強を少しずつ教えていた。

 

 そんなシンイチであったが、彼は早朝に全力で飛ばす黒王号に十分ほど乗って登城して仕事を開始する。

 なお、黒王号はシンイチを送り届けると自分で家へと戻ってしまい、仕事が終わる頃になると迎えに来るという、秀吉をビックリさせるほど賢い馬として有名なっていた。


 それと、どこの名馬ですらも霞んで見えてしまうほどの巨大さと美しさにもだ。


「戦場のドサクサで、逃げた牝馬に種付けはしているのですが……」


「これほどの名馬だ。沢山子を成した方が良いな。ワシも協力するぞ」


 去年に生まれた子馬の大きさを見た秀吉は、家中にある馬や家臣達の持っている牝馬にも種付けを依頼し、どうせ管理するのであればと、シンイチの家の馬小屋周辺を羽柴家専用の牧場に認定して、専用の人員を派遣してくれるようになっていた。


 そして馬飼い達は、そこで始めて金属製の蹄鉄や改良された馬具を目にする事となる。


「何でも、ずっと西の南蛮と呼ばれる国々では、ずっとこのような馬の蹄を保護する鉄製の道具が使われていたそうで」


 野生に存在する馬とは違って、人に飼われている馬は、栄養の偏りや、運動環境の限定や、人間や積み荷などの重量過多や、馬小屋などでのアンモニアとの接触など。

 蹄が野生の馬よりも弱くなる傾向があり、そのために馬沓という保護具が使われているのだが、金属製の蹄鉄は明治時代以降にならないと存在しないのが本来の歴史であった。


 他にも、一部の優秀な牡馬のみを種馬として残して、あとは去勢してセン馬として使うなどの提案もシンチイはしていた。

 外国では古くから行われていた馬の去勢であったが、これには気性を抑えて扱いやすくしたり、敵に奪われても繁殖に使えなくしたり、発情期に興奮させないなどの、軍馬として使う際の利点が多数存在していた。


 とはいえ、そんなに急に全ては不可能なので、とりあえずは黒王号からその孫の代くらいまでで種馬を大量に作る事にして、牧場には多数の牝馬が集められ、試しに若い牡馬の去勢と蹄の装着などが実験される事となった。


「シンイチ、礼を言うぞ。我が家の騎馬部隊が、大幅に強化されて万々歳だ。何か褒美は欲しいか?」


「そうですね。子馬が生まれたら一頭に付き幾から頂ければ」


「なるほど。そなたは、実に合理的な頭をしているのだな」


 これにより、シンイチは馬奉行の補佐にも任じられる。

 長浜城郊外に臨時で作られた牧場に多くの牝馬が集められ、逆に牡馬は去勢されてから蹄鉄を填められて運用されるようになって行ったのだ。


 そして、シンイチにはもう一つの任務が与えられた。

 

「体が大きくて強いのはわかったが、こちらでも役に立つ事を期待しておるぞ」


「半兵衛殿が太鼓判を押しておりますからな。大丈夫でしょう」


「左様です。未経験とはいえ基礎は出来ておりますれば、すぐに仕事を覚えてくれるでしょう」


 長浜城内で、シンイチは、羽柴秀長、浅野長政、竹中重治の補佐を行うようにもなっていた。

 浅井氏滅亡後に十二万石を賜った秀吉には、早急に行わなければならない事があった。

 それは、自分の領地内の田畑の所有者を確定して、年貢や各種の賦役や兵役を担当する者を決める事であった。


 これが確定しない事には、秀吉は戦時に軍を編成する事すら出来ないのだから、急がれるのは当然といえば当然であった。


 他にも、いまだに建設中の長浜城や城下町、商業振興や、戦で離散してしまった土地へ新しい住民を入れたり、新しい土地を開墾したり、治水を行ったり、道路を広げたりと。

 

 領地の運営という、戦で功を立てるのは違う仕事への借り出されるシンイチであった。

 シンイチは、大量の書類と毎日格闘する事となる。


「心配する事は無かったな」


「であろう。長政殿」


 最初は戸惑っていたが、すぐに自分達と同じレベルの仕事をこなせるようになったシンイチに満足気な顔をする長政であった。


 そして、秀吉の長浜転封ではもう一つ面白い事実が伝わっている。

 とにかく忙しい秀吉に代わり、彼の正室であるねねも領地運営の手伝いをしていたというものであった。


「お義兄様、新しい子が入ったのね」


「ああ、舟橋真一という名前だそうだ。腕っ節も強いし、種子島の扱いもなかなかのものだし、馬の扱いにも長けている。更に、この手の仕事にも使えて、秀長殿は良い若者を見つけて来てくれたものよ」


「そうね。この子、顔も良いし」


 ねねは、懸命に書類仕事をするシンイチの顔を興味深そうに覗き込み、シンイチは何かむず痒いような感覚を覚えていた。


「あの……、ねね様……」


「ねえ。シンイチは、今いくつなの?」


「もう少しで、十六歳です」


 勿論数え年なので、実際には数ヵ月後に十四歳になる予定であった。


「見えなぁーーーい! もっと凄く年上に見える!」


「良く言われます……」


 自分が面倒を見ている吾一達にまで老けていると言われるので気にしないような態度をするシンイチであったが、やはり女性に言われると妙に堪えてしまうのが本音であった。


「お前さん。シンイチ君は、老けているけど可愛いねぇ」


「そうよなぁ。才能はあるんだが、変な奴だしな」


 色々な事を知っているのに、経験不足な部分もあってどこか歪であり。

 だが、妙に人が良くて孤児などを養っていたりする。

 

 秀吉に、『使えそうだが、良くわからない奴』と評されたシンイチは、それでも羽柴家の家臣となって、次第に同僚達と打ち解けて行くのであった。

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